まほ「みほが公式試合で私が好きだと言ったらしいのだが・・・」

1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 15:52:48.41 ID:qdXsAWWu0
戦車は人の手によって動く機械だ。動かされるものだ。
重厚で高火力な装備をいくら兼ね備えた所で、そこに生命無き以上、轍一つ作れはしない。
戦車は、人間の魂を注いでやる必要がある。
同じように西住流には、西住まほを捧げる必要がある。
私の歩むすべての道が、西住流と言われ続ける。
過去延々と受け継がれてきたこの血によって。
真っ直ぐに、勝利のみを掴みとる。
人間の魂を削り取るように。
色々知識足りないのでご容赦を。みほまほ。百合。たぶん18禁
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1381387968
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 15:58:53.67 ID:qdXsAWWu0
灰色の雲から逃げるようにして、私は家路をたどっていた。
履帯と車輪の織りなす音も、湿気のせいかいつもより大人しい。
それでも、枝に止まる鳥達が我先に逃げていくには十分過ぎる。木々が一際大きく揺れた。
一雨来るのだろう。
癖で、ついきょろきょろと周りを見回してしまう。
練習試合後にキューポラからよく顔を出すようになったのはいつ頃からだっただろうか。
確か、みほと一騎打ちをした時だったか。
180度に満たない視界が憎らしい。360度全て把握できれば、こうも忙しなく首を動かすこともない。
そう言えば、昔みほが言っていたっけ。見えない所はみんながカバーしてくれるから、私はみんなが見えない所を頑張るって。
私は思わず口元が緩み、誰も見ていないのに慌てて手で隠した。
私にとって仲間とは、戦車に搭載されている履帯であり主砲でありエンジンであった。統率することで成り立つもの。
上手く付き合っていかなければ、一つの目的を成すことはできない。錆びたり壊れたりしても改修し、もう一度使えるようにする。
道具を慈しむように仲間を尊ぶ。
少しおかしいのかもしれない。
みほにとっての仲間は、彼女自身から感じられるようなもっと暖かい何か。
それが彼女の戦車道であるように。
彼女の理想の道。それに負けた時、姉として、西住流を受け継いだ者として悔しい気持ちがあった。
けれども、みほの道を真似することなどできない。その道の美しさと強さ、それを理解したからこそ、
西住流が最も離れた位置にあると実感できる。
でも、夢は見ない。私は、現実を見る。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 16:01:47.17 ID:qdXsAWWu0
時折、みほの話を学校でも耳にするようになった。
人の噂には興味などなかったが、それが妹ならば少しは真剣に耳を傾ける。
人生の中で、戦車以外に興味を持ったことなど片手で数えるほどしかない。
知識として吸収し、感情としては捨てていた。あの高校の誰々が、彼氏を作ったとか、誰々の両親が離婚したとか。
誰々が誰々を好きだとか。
みほが私を好きだとか。
ああ、頼むから間違いであって欲しい。
学校から帰ってきたみほに私はまずなんと声をかければよいのだろうか……。
「はあ……」
「まほさん?」
西住の門下生が下から心配そうに声をかけてくる。
「ああ、なんでもない」
冷静になろう。こういう時こそ、冷静に。
戦車から降りれば、嫌でも日常と感情と付き合っていかなければならない。
ならばせめて、ここにいる時くらい冷静であろう。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 16:03:57.12 ID:qdXsAWWu0
門下生を見送ってから、家の門をくぐる頃には7時を回っていた。
「お姉ちゃん」
壁際に寄り添うように立っていた影が揺り動く。
みほだった。
「みほ、久しぶり」
妹は走って来て、私の腰に手を回して抱きしめた。
嬉しそうにこちらを見上げる。
「お姉ちゃん痩せた?」
「少し。みほは少し髪伸びた?」
「うん、ちょっと伸ばしてるんだけど」
「そう……す」
好きな人でもできた、その言葉を危うく口にしてしまう所だった。
「お姉ちゃん?」
「なんでもないよ」
「お姉ちゃんってば帰って来て早々、すぐに練習に行っちゃったって聞いたから。後でたくさんお話できると思ったんだけど……」
「だけど?」
「夜はいつも、お母さんと試合の振り返りとかするかなって……思って」
みほは遠慮がちに言葉尻をすぼめていった。
「ん? みほ、知らなかったのか? 今日、明日は陸軍の士官学校の合宿に行くって話」
「え?」
「だから、今日は私とみほと、あと菊代さんだけ」
「そ、そうなんだ」
みほは軽く2度頷いた。その動揺を受け止めるように、私は少し笑った。
「だから、お互い今日はゆっくりしていこう」
「うん、そうだね」
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 16:05:13.97 ID:qdXsAWWu0
生家に戻ってきて、改めてゆっくりするのもおかしな話かもしれない。
ただ、私達姉妹が、きちんと腰を落ち着けて話をする、それを母が嫌うため仕方ないのだ。
西住流に穢れをいれたくないのだと言うのだ。気持ちが分かる、そう言えてしまう私も同罪なのだろう。
母がいない今だからこそ、みほはここに戻ってこれた。それを、あえてみほに言う必要はなかった。
夕食の時は、学校で起きたたわいもない話で笑い合ったり、最近主流の戦車について語り合った。
菊代さんも、水差すと遠慮したのかすぐに引っ込んでしまった。懐かしさと安心感とに包まれてはいたが、内心はひやひやしていた。
「お姉ちゃん、大人っぽくなった。前からそうだったけど、前よりももっとかっこよくなったよね」
みほがことあるごとに、私のことを褒める。その度、軽く受け流すように意識せざる負えなかった。
喉まで出かかっている疑問に対して、一向に一歩を踏み出せないまま、時間だけは過ぎていった。
そして――、一日が終わろうとしていた。
「こんなにお姉ちゃんと喋ったのって初めてだね」
敷布団に丸まりながら、みほが顔だけを出して言った。
「そうだったか……そう言えば、喉が痛いな」
「喋りすぎて?」
「いや、みほに喋らされすぎて」
「えー、ひどいよもー」
みほは頬を少し膨らませた。
「ははッ、じゃあ電気消すぞ」
「う、うん」
カチ――暗闇の中、三つの音が私の耳を支配していた。一つは、みほがもぞもぞと身動きする音。
一つは、時計の長針が横に振れる音。そして、もう一つは私の心臓の音。
(何を、びびってるんだか……)
みほは結局何も言っては来なかった。期待、していたわけではない。
そうならないように疑問を何度も飲み込んだ。二人のために。
私は布団に入って目を閉じる。戦車に入って、まず5秒は目を閉じる。心を鎮める。
それと同じ。目の前にいるのは敵、ではない。妹だ。警戒を解く。そして寝よう。
おやすみ、と言いかけて、
「お姉ちゃん」
と遮られた。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 19:21:36.15 ID:qdXsAWWu0
「どうした? 眠れないのか?」
「うん……たくさんお話したせいかな。目が冴えちゃった」
まだ何か話したいのだろう。みほの口調からうかがえたが、私は早く寝るように促した。
「やっぱり、お姉ちゃん真面目だね」
「みほは、少しやんちゃになったな」
お互いに小さく笑い合う。
「……お姉ちゃん」
と、みほの声が少し低くなったのが分かった。
「ん?」
何事かと彼女の方を向く。背中を向けていた。
「今日は、ありがとう。この家に呼んでくれて」
ぽつりぽつり、とみほは言った。
「……なんのことだ」
「えへへ、やだな……お母さんいない日わざわざ調べてくれたんでしょ?」
「たまたま、菊代さんに聞いて、たまたま帰省しようと思っただけだ」
「……そのたまたまに私を加えてくれたのが凄く嬉しいよ」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 19:51:59.14 ID:qdXsAWWu0
「そうか……」
妹に母のことをどう思っているのか聞いたことはなかった。
聞いたところで、妹ははっきりと感情を出す子ではない。
何か思う所があったとしても、きっとその小さな胸に仕舞い込んでしまうのだろう。
妹と一戦を交える前まではそう思っていた。
今はどうだろう。
試合中のみほはとても凛々しく、みなを引っ張ると聞いている。
今のみほは母の事を納得しているのだろうか。
「私ね、やっぱり家が一番落ち着くんだ……」
「そう……一人暮らしは、大変だろう」
「うん、でも家を出たからこそ分かることあるんだね。離れても、離されてもここに戻ることができるって幸せだなあって思ったよ」
「私もこうやって、みほとまた話すことができるって思ったら離れていても寂しくはないな」
「お母さんもそう思ってくれてたら嬉しいな……」
私は胸が痛くなった。これが娘の母に対する言葉であっていいものだろうか。
この状態をつくりだしてしまっている私自身にも腹が立つ。
みほには自由を手に入れて欲しかった。
けれど、やはり母子という繋がりはいつまでも妹を西住に繋いでしまう。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 20:17:09.33 ID:qdXsAWWu0
「みほ……」
「お母さんのことね……やっぱり今でもよく分からないんだ……分かりたいのにね」
みほの声は震えている。
「血は繋がっているけれど、違う人間だから。考えが分からないのは、仕方がないんだろう……だから、言葉で伝える。あの人はそれができない。不器用なんだ……と思う」
「うん、そうなのかもね……」
「みほ、周りの事はもう気にするな。お前は、お前の道を行きなさい」
冷たい金属の中で、命令ばかり出していればいずれ私もああなるのだろう。
「ふふッ、前から思ってたけど、お姉ちゃんってお父さんみたい」
「……さあ、知らないな」
「お姉ちゃんがそうやって、いつも背中を押してくれるから、私、今こうやって笑って戦車道を続けていられるんだと思う」
「……違うよ。仲間がいたから、そうだろう?」
妹の自由の翼が私だったとしたら。そうだったなら、まだみほは地べたを鶏のように走り回っていたに違いない。
私は鎖にしかなれない。みほのやり方を肯定できないのだから。
「それも大事。でも、一番はお姉ちゃん。お姉ちゃんっていう西住流がやっぱり私の基本で、支えになってるの。今もこれからも、だって私、西住まほの妹だもん」
「なんだそれ……はは」
「えへへ」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 20:35:45.79 ID:qdXsAWWu0
「でも、いつまでも私にとらわれないで欲しい。みほはもう母に抑えつけられ、私の後ろを追いかけていた、小さな女の子じゃなくなったんだ」
「うん、そのつもりだよ」
みほの声は、先ほどとは打って変わってきっぱりとしたものだった。
「これからは、憧れのまほお姉ちゃんじゃなくて、強敵である西住まほ……だよね」
戦車乗りとして、悪くない答えだった。私自身も久しぶりに、胸が高鳴った。
「受けて立つ」
「次も負けないから」
「次か……残念だが次は勝たせてもらう。恨むなよ」
「恨んだりしないよ。自分の未熟さを恨むかもしれないけど、きっともっと頑張れる」
みほの言葉は私を熱くさせる。目頭に温かいものが込み上げてきた。涙だった。泣いたのは、いつぶりだろうか。悲しくて泣いた記憶は本当に小さな頃に数えるほど。
嬉しくて涙が出る、そんなこともあるようだ―――。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 20:51:46.14 ID:qdXsAWWu0
「ゥッ……ッ」
「え? お、お姉ちゃん? 泣いてるの? え、え?」
みほがむくりと起き上がった。さすが、耳がいい。
「あ、いや……こっちを向くな」
「わ……私もしかしてひどいことを? 傷つけ……?」
妹はかなり慌ててた様子で布団を剥いだ。
「何でもない、気にするな。おい、こっちに寄ってくるな」
四つん這いで心配そうな顔をして、みほが私のすぐそばまで来て、頭を垂れる。
「おお、お姉ちゃんを泣かせちゃうなんて……ど、どうしよう」
私の涙はというと、久しぶりに泣いたものだから止め方すらよく分からない。
とめどなく流れている。枯れるまでこのまま、流れるのかと思うと、少し怖い。
妹に泣いている所を見られるのはそれ以上に遺憾ともしがたい状況だが。
「ちょ、ちょっと夜風に当たってくる」
「お姉ちゃん、待って!」
私が立ち上がろうとした瞬間、みほが右腕を引っ張った。右斜め後ろに重心を傾けることになった私は、みほに覆いかぶさるように倒れこんだ。と、2秒ほどで自分の状況を悟り、目を瞑った。
ドサッ―――
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 21:09:29.55 ID:qdXsAWWu0
「ッつ……すまない、みほ。怪我はない?」
みほの顔が正面にあった。どうやら完全にみほを下敷きにしてしまったらしい。
「下、お布団だし大丈夫だよ……」
「良かった……」
「それより、お、お姉ちゃん……手、手が」
「え? 手?」
右手は布団の上、左手は――みほの胸をわし掴んでいた。
「あ、ああすまない。すぐ退ける」
「待って!」
「は?」
みほは、また力任せに私の左手を引っ張った。
「うわッ?!」
「離れないで!」
「そんなこと言われても……重くないのか」
「重くないッ」
「……何を意地になって?」
「泣いてるお姉ちゃんをあやしてあげたいの……ッ」
そう言って、みほは私の背中をぽんぽんと軽く撫でていた。
「おい、赤ん坊じゃないんだ……」
「そうだね……もう、大人だよね……なら」
みほの顔が瞬間視界いっぱいに広がった。ぺろり、とそんな擬音が聞こえた。
「み、みほ今、舌で舐め……わッ」
続けて、頬に啄むように唇を寄せる。ぞくりとして、私は身体をのけ反らせた。
「逃げちゃ……ダメ」
「そ、んな……ッやめ」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 21:30:50.36 ID:qdXsAWWu0
仲間の話していた噂を今さらながらに思い出していた―――。
『公式試合で、お姉さんのことが好きだって公言したって』
あれを鵜呑みにはしていない。ただ、だんだんみほが私を見る目が変ってきたのは分かっていた。
戦車道とは別の件で。でも、それは、シスターコンプレックスいわゆるシスコンの類で、それ以上でも
以下でもないのだと勝手に、憶測を立てていた。
私の涙は、驚きとともに引っ込んでいた。みほはというと、だんだんと大胆な行動に移っていた。
「みほ……ッ、ダメだ……ッン??!」
「チュルッ……お姉ちゃん、おいしぃ……ッチュ」
呼吸ができなくて、何事かと思った。みほが私の唇を自身のそれで塞いできたのだ。
「ゃめッ……みほッ!? そこはッ?!」
顔を背けようとした瞬間、下で耳をなぞられ力が抜けてへなへなと崩れ落ちてしまった。すぐに、みほは次の行動に移っていた。私の上に覆いかぶさるように、自分の身体を反転させた。つまり、私は、みほの下敷きとなった。
じわっと背中に浮き出た汗がべたついた。お互いに呼吸が荒い。みほにいたっては鼻息も多少荒い。
そこはかとなく満足そうにしている。
「気は確かか……?」
「確かじゃないのかも……しれない」
「なら、気は済んだか」
「う、うん。お姉ちゃんが泣くから、つい慰めないとって思って……涙、止まったんだね……良かった」
「びっくりして止まったんだ……それに、あれは嬉しくて泣いてたんだぞ。みほが、頑張れるなんて言うから……」
「そ、そうだったんだ。早とちりしちゃった……えへへ」
「退いてもらえるかな」
案外、力が強い。妹のくせに。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 21:48:24.37 ID:qdXsAWWu0
「うん……」
返事をしつつも、動く気配はない。こちらを艶っぽく見下ろしている。気が付けば、今の取っ組み合いで
私の寝巻のボタンが外れて胸が半分露わになっていた。
「みほ……」
「……お姉ちゃんがすごくエッチな顔と格好して、私の下敷きになってる……」
「言葉にして説明しなくていいから……」
「だって、いつも凛として表情も崩さないし、全国の戦車道の頂点で……そんなお姉ちゃんが乱れてるんだよ?」
「紛らわしい言い方をするな……」
「顔こっち向けて?」
みほが駄々をこねるように、私の頬をなでる。びくりとして、私の背中にしびれが走る。
「ッ……」
「か……かわいいお姉ちゃん……」
もぞりと、下腹部に生暖かい感触。みほの指の腹だった。しっとりと吸い付くような感触で、上に上に移動してくる。
「……ッ何して……んァッ」
胸の突起の部分を急に抓られ、思わず悲鳴をあげる。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 21:58:51.48 ID:qdXsAWWu0
一瞬息が止まるような痛み、追いかけるように下腹部をしめつけるような快感が押し寄せる。
「お姉ちゃんの良いとこスイッチ一つ発見……えへへ」
「ッふ……ッみほ、これ以上は」
「これ以上は……しないよぉ……後はお姉ちゃんに任せる」
「なッ……」
「私がさっきやったことを、もう一度私にしてくれるなら、私は西住みほでいるよ」
「どういうことだ……」
「でも、してくれないなら、私はちゃんと覚悟を決めるよ。ここまでのことをしちゃったからにはね……」
「何を言っているんだ……?」
「私、西住とはきっぱりと縁を切るよ。……実はね、養子に来ないかって言われてるんだ」
そう言って、みほは少し目を細めて笑った。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 22:10:03.01 ID:qdXsAWWu0
「冗談じゃ……ないんだな」
みほがこんな大きな冗談を言えるわけがない。みほはいつだって本気だった。
それを私がしっかりと受け止めてあげたことはあっただろうか。
「うん」
「それを、私に決めさせるのか……」
「恨んでくれて構わないよ」
急に戦車に乗りたくなった。みほが何かあるたび、あの中にいる気持ちが今やっとわかった。
大きな選択に迫られた時、答えを出すのは自分だけだからだ。だから、みほは一人であそこで答えが生まれるのを待っていたのだ。あの冷たい金属が、まるで胎盤のような居心地だったのかもしれない。
母の愛を感じていたのかもしれない。
「仲間の人には伝えてあるのか」
「……うん、全部話してる」
みほは覚悟を決めていた。
「考える時間はくれないのか?」
「うん、ごめんね。お姉ちゃん……でも、きっとお姉ちゃんはすぐに答えてくれると思ったから」
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 22:19:20.00 ID:qdXsAWWu0
みほがこうやって、まだ西住に未練を残してくれているのは、思い上がりかもしれないが私がいるからなのだろう。
最後の最後、かけに出た。自分が西住に必要なのかなのではなく、自分は西住を必要なのか。
「ああ、みほ……お前の本当に欲しい答えが分かった」
「そっか……嬉しいな」
「そうそう……公式試合で私が好きだって言ったらしいな」
「あ、うん……ごめんね。つい……」
「私もみほが大好きだよ……」
「うん……ありがとう」
「私が支えになっていたって言ってくれて嬉しかった」
「ううん……」
「泣かないで、みほ」
私は抱きしめることはしなかった。ただただ、流れ落ちるみほの涙を私の頬や鼻や唇で受け止めるだけだった。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 22:29:06.28 ID:qdXsAWWu0
―――その後、何ヵ月か経って、西住みほは、その姓を改めた。
彼女は彼女自身にその身を捧げることを決意したのだ。
私は自分の半身を手放すことになった。
痛みと後悔が残った。
私は、夢を見なかった。ただ、現実を見ようとした。
みほの名をもう一度呼ぶ時。
その時、私は彼女に何を言えばいいだろうか。
あの日、泣きながら帰ったあの子に、もう一度かける言葉は―――。
終わり
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]:2013/10/10(木) 22:29:49.21 ID:qdXsAWWu0
こんな短いのに付き合って頂いて、ありがとうございます。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/10/10(木) 23:37:28.48 ID:dHUhDEUZ0
乙でした。みほまほの中でも特にシリアスで面白かった。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/10/11(金) 06:21:54.77 ID:QG8TyNV30
本番はないのか…
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Entry ⇒ 2014.07.20 | Category ⇒ ガールズ&パンツァー SS | Comments (1) |
【ガルパン】西住みほ「二回戦・マジノ女学院戦です!」

1 : ◆R.U0lKL4q6 :2014/04/30(水) 00:09:40.64 ID:RrCCUV6XO
見事サンダース大付属高を打ち破ったことで、大洗女子学園戦車道チームは大いに盛り上がっていた。
練習を重ねて練度も向上しチームワークも深まったし、そして何より、新たに発見されたルノーB1bisを即戦力とできるのは非常に大きい。
生徒会メンバーとの作戦会議も、以前と比べれば心は軽やかであった。
桃「二回戦で戦うであろうアンツィオ高校は勢いに乗られると手強い、やっかいな相手だ! 西住、今回も作戦指揮は任せたぞ」
みほ「はい。アンツィオ高校は機動力を生かした包囲戦術が得意ですから、こちらは地形を利用して逆に挟撃できれば……」
優花里「お任せ下さい西住殿!! 私が囮の任に着きます! ルノーをお任せいただいたこの重責、必ずや果たして見せましょう!!」
乗員の決まっていないルノーB1bisは秋山優花里を車長として、各チームから計二名を借りた状態での運用が予定されていた。
みほ「うん。一両増えるだけでもだいぶ戦略の幅も広がるし、迎撃もしやすくなると思う」
杏「いや~……気合い入れてくれてるトコ悪いんだけどさ~」
ふんすと息巻く優花里を横目に、それまで寝そべりながらノートパソコンを眺めていた杏が顔を上げた。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1398784180
2 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:10:27.13 ID:RrCCUV6XO
優花里「?」
桃「会長?」
杏「なんか負けちゃったみたいだよ?」
みほ「?」
杏「アンツィオ高校」
柚子「え?」
杏「マジノ女学院にさ。一回戦で」
みほ「え?」
優花里「えぇぇぇええええええええ!?」
3 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:11:11.21 ID:RrCCUV6XO
【マジ学戦・観戦の手引き】
・マジノ女学院の登場に伴いオリキャラあり
・公式の戦車道試合規則3ー01に合わせて、一部実際の歴史とは異なる描写があります
・面白味が半減するので、戦車道試合規則とは異なりますが決勝のマウスと同じくで相手戦力は知らない設定で
・二回戦参戦車両はコミック版準拠
・本SSはフィクションであり実際の歴史、実際のガルパン本編、実際のWorld of Tanksとは一切関係ありません
4 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:11:46.61 ID:RrCCUV6XO
……
アンチョビ「……悪夢だ。我が同胞たちが……、我がカルロ・アルマートが……、セモヴェンテが……、タンケッテが……こ、こうまで蹂躙されるものなのか……ッ!!」
戦車道全国大会の一回戦会場において、白旗の上がった戦車たちが死屍累々の様相で転がる中、アンチョビは呆然と立ち尽くしていた。
対戦相手のマジノ女学院は伝統深い文化を持つ名門校でこそあったが、戦車道においては大きな成績を残せぬまま毎年を終えていたはずであったのだ。
大戦中の戦車開発においてイギリスの後塵を拝したフランスとイタリアは現代の戦車道においても各々の学園艦にその歴史を根深く残す。
マジノ女学院はアンツィオ高校とともに歯噛みしながら聖グロリアーナを睨みつけるポジションだったはずだ。なのにそれが……
アンチョビ「それが……我が校の切り札P40が全く太刀打ちできんとは……。いったい何だと言うのだ! あの……あの……バケモノ戦車はぁーーーーーッ!!」
5 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:12:38.05 ID:RrCCUV6XO
…………
マジノ女学院は弱くなかった!?
…………
一回戦でアンツィオ高校に敗退したマジノ女学院が、もしもその真の力を発揮していたら?
…………
今、恐るべきフランス戦車軍団が大洗女子学園へと襲いかかるッ!!
…………
6 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:13:26.60 ID:RrCCUV6XO
優花里「本当なんですか? アンツィオ高校が負けたって!」
杏「まぁ日本戦車道連盟のサイトで発表されてるんだしね~。や~強いんだね。マジノ女学院ってトコ」
桃「いえ。マジノ女学院は戦車道全国大会が開催されて以来、ほぼ全て一回戦で敗退しています」
柚子「桃ちゃん頑張って調べてたもんね」
優花里「マジノ女学院は文化的にもアンツィオ高校に近いところもありますからね。一矢報いたかったんでしょう」
みほ「……」
杏「見事に一矢報いたことにはおめでとうって言いたいけどさ~、そんな強力な戦車持ってるの? そのマジノ女学院って?」
桃「!?」
優花里「……いえ、マジノ女学院が戦車道において積極的に採用しているフランス車両はドイツやイギリスと比較すると能力的には劣っています。というのも、戦車が最も活躍した過去の第二次世界大戦におけるフランスの方針は……」
杏「はいはい。つまりさ~、本来勝ち上がってこないはずの相手が勝ち上がってきてるってことだよね。ホントに弱いと思っちゃっていいのかな~マジノ女学院のコト?」
みほ「それは……」
7 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:14:34.09 ID:RrCCUV6XO
……
-聖グロリアーナ学園 校内-
ダージリン達の所属する聖グロリアーナ女学院は戦車道以外においても英国文化を深く継承しており、家屋や調度品はもちろんのこと、往年の歴史にならったお茶会も頻繁に開催されていた。
オレンジペコ「アメリーさん。一回戦突破、おめでとうございます」
ダージリン「まさか貴方たちの勝利をお祝いできる日がくるなんてね。『運命とはチェスよりも宝くじに近いもの』だとは良く言ったものだわ」
アメリー「ふふ、そうね。運で勝利したという事実を否定はしないわ」
今現在もまさに、マジノ女学院戦車道チームの指揮官であるアメリーを招いてのお茶会の最中である。
陽光の様な明るい金髪を縦ロールに誂えたその少女は、ダージリンにとっても旧知の関係であった。
アメリー「でも、運が味方したのは私たちの戦車道そのものにでは無くってよ」
オレンジペコ「……?」
ダージリン「あら、どういうことかしら?」
アメリー「運命が私たちへと運んできてくれたのは『ある事実』のみ。それを用いて勝利したのは我々よ」
8 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:15:31.12 ID:RrCCUV6XO
ダージリン「……『運命がカードを配り、我々が勝負する』ということかしら。その口振りでは相当な切り札を得た様子ね」
アメリー「ふふ、もったいぶるつもりは無くってよ。貴方たちが黒森峰を破って決勝まで進めたなら、その時は間近で存分にお見せできるわ」
ダージリン「まぁ、余裕なようね。もう決勝まで進んだつもりだなんて」
アメリー「そうね。油断は大敵。でも今の私たちには、あのプラウダであっても、臆するに至らなくてよ!」
ダージリン「その言葉、友人として楽しみにしておくわ」
アメリー「ええ。貴方とは良き友であったけど、私は貴方の好敵手にはなり得なかったわ」
ダージリン「……」
アメリー「でも、それも昨年までの話よ。……さてと、今日はそろそろ失礼しますわ」
オレンジペコ「また、いつでもお待ちしてます」
文化的にはもちろん、海上における距離的も比較的近い両学園艦はヘリコプターで目と鼻の先の関係であった。
学園艦の元となったフランスとイギリス両国の関係は、必ずしも親密であるとは言えなかったがそれも遠い地の過去の話。
個人的に気軽に招待しあえる関係であった両者は互いに感じていた。
全国大会の決着が付くまでは次のお茶会は無いだろうと。
9 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:15:59.83 ID:RrCCUV6XO
ダージリン「アメリー」
アメリー「……?」
ダージリン「友である貴方にはこの言葉を送るわ。『先を見すぎてはいけない。運命の糸は一度に一本しかつかめないのだ』とね」
アメリー「あら……チャーチルの言葉ですわね」
ダージリン「大洗女子学園の指揮を執っているのは昨年、黒森峰で副隊長を務めた西住みほよ」
アメリー「あの、西住流の? ……ありがとう。でも今年の私たちはどんな相手であろうと、負けるつもりはないわ」
アメリーはにっこりと微笑むと部屋を後にした。
10 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:17:51.57 ID:RrCCUV6XO
試合当日
-二回戦 会場-
🔲🔲🔲MAP🔲🔲🔲
※試合中は上記マップに準じた展開となります。
別ウィンドウで開きっぱなしにしておくと見やすいかもしれません。
ようやく着いた試合会場は、学園艦から陸へと降りてそこから更に2時間もバスに揺られた先であった。
沙織「ん~~~~。やっと着いたーーー!」
華「ずいぶん山の方まで来ましたねぇ」
来た道と観戦席を除けば眼前に広がるのは芝と生い茂る木々のみ。緑一色に広がる大地を見て思わず深呼吸してしまう。
桂利奈「すごー! カブトムシとか超いっぱい居そーーー!!」
梓「なんでカブトムシ……?」
麻子「ほぅ……昼寝のしがいがありそうだ……」
カエサル「山岳戦か!? えぇい! サムニウム人をここへ!!」
エルヴィン「我ら山岳猟兵部隊に敗北はない!!」
おりょう「ほう、母成峠の戦いぜよ」
左衛門佐「いや、これは……三増峠の戦いかっ!!」
「「「それだっ!!!」」」
11 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:19:25.99 ID:RrCCUV6XO
優花里「……起伏に富んだステージですね」
みほ「うん。開けた場所でも射線が通るとは限らないし、俯角にも気をつけないと。それに場所によっては草木で視界が遮られるから伏兵にも注意しないと」
優花里「我が校の戦車ですと稜線射撃に適した装甲厚の砲塔を持つ車両が少ないですから足を止めての撃ち合いは避けたいですね」
みほ「でも上手く側面をとれればM3LeeとB1bisの手数で瞬間的に圧倒できるし、III突もこの地形なら待ち伏せが上手くき利くかも」
優花里「はい!! 西住殿の作戦があれば今回も必勝間違いなしです!!」
杏「今回も期待してるよ~。西住ちゃん」
みほ「は、はい」
杏「んじゃ、試合開始まではまだ時間あるし、準備すませてゆっくりくつろごっか~」
杏の言葉に一同が歩みを進めようとしたその時、ふと沙織が道路を指さし声をあげた。
沙織「あ、みてみて! 道路の向こう側。サイクリングしてる人たちがいるよ。イケメンかも!!?」
華「いえ、あれは……女性じゃないですか?」
見れば数十台の自転車が一列になって走ってくる。
あや「すごーい。こんな所まで自転車でくるんだ」
12 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:20:08.70 ID:RrCCUV6XO
優季「ロードバイクっていうのでしょ~。カレに聞いたことある~」
あゆみ「へぇ。で、それホントに彼氏なのぉ?」
麻子「待て。あのジャージの文字……」
沙織「……? なになに、見えないよ? 麻子、目よすぎなんだもん」
みほ「あれは……」
麻子の言葉に目を凝らしてみれば、ジャージには確かに『Maginot Femmes College』の文字がプリントされていた。
優花里「マジノ女学院です!」
妙子「応援の人たちかな?」
あけび「気合い入ってますね~」
そうこう話している間にサイクリストたちは眼前まで走ってきてしまった。
みほ「あ、えっと。こんにちは」
アメリー「ご機嫌よう。貴方が西住さんかしら」
サイクリストがヘルメットを脱ぎサングラスを外すやいなや、優花里の目が丸くなる。
13 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:21:20.78 ID:RrCCUV6XO
優花里「……!? こ、この人!?」
沙織「……? 知ってる人なの?」
優花里「マジノ女学院の隊長のアメリーさんです!」
みほ「えぇ!? じゃあ……」
アメリー「いかにも、私たちがマジノ女学院戦車道チームでしてよ」
気づけばアメリーの後ろにはぞろりと揃いのジャージを来た女子が整列していた。
みほ「ど、どうも西住みほです。凄いですね。途中からわざわざ自転車で?」
アメリー「……? あらあら……ふふふ。西住さんたら面白いことをおっしゃるのね」
みほ「……あ、そうですよね。到着してから散歩がてらに……」
アメリー「もちろん港から走って来たに決まっていましてよ」
麻子「……いや。港からこの会場までは80km以上あるぞ」
アメリー「その程度、目と鼻の先の距離ですわ。しかし、まぁご存じないのも無理ありませんわね。でも本場のツール・ド・フランスは23日間で3000km以上、山を幾つも越えながら走りますのよ」
桃「さ、さんぜっ!???」
14 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:22:22.43 ID:RrCCUV6XO
アメリー「それにフランスが世界に誇るタイム社のロードバイクなら、この程度の坂道は平地のようなものですわ」
華「まぁ! 凄いんですね! アクティブで格好いいです」
典子「よぉぉーし! 私たちも帰りは港までランニングだ!!」
「「おーーーっ! 気合いだーっ!!」」
忍「それ、出航に間に合いますかね?」
アメリー「ふふふ、愉快な方たちばかりでとても楽しい試合ができそうですわね」
みほ「は、はい。宜しくお願いします」
アメリー「でも……」
杏「……?」
アメリー「この程度で驚かれている様では、本当の力を手にした私たちの戦車道の敵ではありませんでしてよ」
みほ「ぇ……ぁの……」
15 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:23:00.22 ID:RrCCUV6XO
アメリー「それでは、試合開始を楽しみにしていますわ」
狼狽するみほを意に介さず、恭しく頭を下げるとアメリーたちは早々に自陣へと向かってしまった。
杏「や~流石にお金持ち学校は違うね~~。西住ちゃんも深く気にしない方がいいよ~」
桃「いや、予算があれば、普通は車で来ると思いますが」
杏「でもタイムだからね~。あの自転車、フレームだけで50万円くらいするよ?」
桃「ごごごごごごじゅっ!!!??」
柚子「桃ちゃん!? 大丈夫!?」
杏「あれにデュラ一式でマヴィックのコスミックカーボンだからね~。自転車一台で150万円くらいにはなるんじゃない?」
桃「ひゃくごっっじゅっっ……ブクブク……ブクブク」
柚子「桃ちゃん!! 気を確かに!! 桃ちゃーん!!」
16 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:23:56.52 ID:RrCCUV6XO
……
-大洗女子学園 待機所-
休息をとり、戦車の調整、砲弾の準備を終えて試合開始を待つばかりとなった待機所では各々が雑談に花を咲かせていた。
カエサル「しかし、相手の隊長は大した自信であったな」
おりょう「あれはただのハッタリには見えんぜよ」
左衛門佐「エルヴィン、どう見る?」
エルヴィン「うむ。第二次大戦を振り返っても、フランスと言えばいまいち奮わぬ戦績が注目されがちだが、これは良い指揮官が育つ環境がなかったことも勿論ある。だが予算的にも切迫していた為、刻一刻と進化し続けるドイツの戦車に対抗できなかったことも大きいと言える」
おりょう「つまり?」
エルヴィン「そこまで強力な車両は無いはず」
左衛門佐「ならば奴の自信は計略によるものか」
カエサル「ならば、心配はあるまい」
エルヴィン「うむ。古今東西、名将は数あれど……」
カエサル「……我らが隊長に勝る指揮官は後にも先にも居はしない!!」
「「「「はっはっは!!!」」」」
17 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:24:27.50 ID:RrCCUV6XO
優季「あや、一人で大丈夫~?」
桂利奈「寂しくなったらメールしてね! あ、操縦教えてあげよっか?」
紗希「……」 コクコク
あや「いやいや、一人じゃないし。秋山先輩とエルヴィン先輩と一緒だし」
あゆみ「あやも回らない砲の苦しみを味わうんだね……」 ウルウル……
梓「ルノーはM3よりも正面装甲が厚いらしいし、車長が秋山先輩なら指揮もしっかりしてくれるだろうし大丈夫だよ」
優季「歴史トークは凄いことになりそうだけどね~」
あや「うぅ……そこは不安すぎる……」
18 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:25:45.15 ID:RrCCUV6XO
……
-マジノ女学院 待機所-
皆が好き勝手にお喋りする大洗女子の待機所とはうって変わって、マジノ女学院の待機所では厳粛に、だが優雅に作戦会議が行われていた。
すでにサイクルジャージは脱ぎ去り、全員がタンカージャケットへと着替えている。
鮮やかなトリコロールカラーのジャケットに飾りリボンが付き、各車長には金糸で編まれた肩飾りまで施されている派手な色合いであったが、全員が見事にそれを着こなしていた。
フラッグ車を除いた9両の乗員全員が車長を先頭にアメリーの声に耳を傾ける。
アメリー「プラウダや黒森峰から嘲笑を浴びていた去年までの私たちは、最早この世のどこにも居ないわ。私たちは遂に、伝統と栄誉ある我が校の歴史に相応しい戦車を手に入れた」
勿論、大洗女子学園に恨みなどないし、戦車道は戦車道であって過去におけるフランスとドイツの関係などに影響されている訳でもない。
まして彼女たちは日本人だ。
だがそれでも、自分たちの愛するフランス戦車がドイツ戦車から嘲り笑われるのは耐えられないのだ。
アメリー「38(t)を、III号突撃砲を……IV号戦車を……叩き潰して差し上げるのよ!!」
アメリーの言葉に、少女達は自信に溢れた目で頷いた。
19 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:26:21.96 ID:RrCCUV6XO
キャラクター・車両紹介【1】
【アメリー】
マジノ女学院戦車道チームの隊長。明るい金髪の縦ロールヘアが特徴。
フランス文化を継承した学園艦で育ったこともあってか、多分に漏れず非常にプライドの高いお嬢様。
マジノ女学院自体が令嬢を集めたお嬢様校である為、金銭感覚はちょっとおかしい。
戦車道においては、長年一回戦敗退が続いていたことを屈辱としていたが……
20 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:26:59.90 ID:RrCCUV6XO
……
沙織「うわぁ。向こう、なんか凄い服だね」
華「えぇ。前衛的でとてもお洒落ですね」
沙織「そ、そうかな?」
それぞれの選手達がみほとアメリーを先頭に整列するが、どうしてもマジノ女学院のパンツァージャケットのトリコロールカラーに思わず目を奪われてしまう。
麻子「確か青が自由、白が平等、赤は博愛の色だったか?」
桂利奈「え? あれガンダムのコスプレじゃないんですかぁ?」
優花里「……流石は冷泉殿ですね。でもそれは俗説で正確にはフランス革命軍の帽章の赤、青とブルボン朝の白百合を合わせた三色だと言われています」
麻子「ほう」
華「へぇ。由緒ある色づかいなんですね」
アメリー「……」
みほ「……」
21 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:27:40.65 ID:RrCCUV6XO
アメリー「不思議そうですわね。……昨年まで一回戦敗退が続いていた弱小校が、どうしてこんなに自信に溢れているのか」
みほ「い、いえ。そんなつもりは……」
アメリー「かまいませんわ。もしも貴方がこの自信を虚勢と受け止めていたなら、貴方は我々にとって取るに足らない相手であったでしょうね」
みほ「……」
アメリー「でも、貴方は今、私たちの自信の裏に在るものを探ろうとしていらっしゃる。認めて差し上げましてよ。これはプラウダ戦の前哨などではない……貴方たちは強敵だわ」
みほ「…………ありがとうございます」
審判員「それでは、戦車道全国大会・第二回戦、大洗女子学園対マジノ女学院の試合を開始します! 一同、礼!!」
「「「「「宜しくお願いします!!」」」」」
22 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:28:39.39 ID:RrCCUV6XO
……
マップ【Jー3】
-B1bis-
エルヴィン「いよいよだなグデーリアン。しかしルノーの初陣が対フランス戦車群となるとは、運命とは数奇なものだ」
優花里「はい。敵はソミュアでしょうかね? オチキスでしょうかね?」
あや「……えっと。よく分かりませんけど頑張ります」
-38(t)-
桃「西住! 全員に改めて作戦指示を出せ」
-IV号-
みほ「はい。皆さんマップを参照して下さい。こちらの『J-3』に対して相手チームの開始位置は『C-9』です」
沙織「左下と右上だね」
みほ「遮蔽物が多く稜線射撃に適した丘上を斜めに通る『E-5』付近を押さえることが出来れば、通常は戦況を有利に運べますが、当然相手も同じことを考えているでしょう」
-B1bis-
優花里「しかし相手の10両に対してこちらは6両しかいません」
-IV号-
みほ「はい。数で劣るこの状況下で中央の丘を陣取っても挟撃で潰されてしまいます。なのでこちらはあんこうチーム(IV号)とカメさんチーム(38t)で『C-3』以北を抑えて、逆に中央を包囲します。カバさんチーム(III突)はフラッグ車を守りつつ西から援護射撃をお願いします」
23 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:33:49.85 ID:RrCCUV6XO
-III号突撃砲-
左衛門佐「しかし、それでは敵将が後方に陣を構えた場合突破に時間を要するのでは?」
-IV号-
みほ「はい。なのでアヒルさんチーム(八九式)と即席チーム(B1bis)には最南端~最東端を経由してこっそり敵陣深くまで入り込んでもらいます。これは途中の索敵も兼ねてのものなので出来るだけ砲撃は控えてこっそり行ってください」
-89式-
典子「つまり敵の親玉の所に飛び込んでスパイクを打ち込めばいいんですね! やるぞーーーー!! 気合いでいくぞーーー!!」
「「おーーっ!!」」
忍「いや、目立ったら意味ありませんから」
-IV号-
みほ「南東付近に到達するまでは、なだらかな丘陵地帯が多く身を隠せるほどの丘や草木を中々見つけづらいと思いますが、相手チームが斥候を出していたとすれば接触するのは7~8ラインへ入ってからだと思いますので、大きくなった起伏と木々を使って身を隠してください」
24 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:34:26.60 ID:RrCCUV6XO
-38(t)-
杏「なるほどね~。北西組は戦線を張って攻めてくる敵をやっつけて、東南組はコソコソ進むわけだ~」
-IV号-
みほ「はい」
と、丁度みほの説明が終わったところで、試合開始を告げるアナウンスが流れた。
『両校ともに準備が整いましたので、これより試合を開始いたします。……試合開始!!』
審判席より信号弾が打ち上げられると、待ちかねたと言わんばかりに全車が一斉に動き出す。
-IV号-
みほ「それでは、警ドロ作戦……開始ですっ!! Panzer vor!!」
25 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:34:55.45 ID:RrCCUV6XO
【大洗女子学園】
フラッグ車:M3Lee
残存車両:6/6
-IV号戦車-
車長・装填手:西住みほ
通信士:武部沙織
砲手:五十鈴華
操縦手:冷泉麻子
-38(t)-
車長:角谷杏
砲手・装填手・通信士:河嶋桃
操縦手:小山柚子
-89式-
車長・装填手:磯辺典子
通信士:近藤妙子
砲手:佐々木あけび
操縦手:河西忍
-III号突撃砲-
車長・通信士・装填手:カエサル
砲手:左衛門佐
操縦手:おりょう
-M3Lee-
車長:澤梓
砲手(75mm)・装填手:山郷あゆみ
砲手(35mm)・装填手:丸山紗希
通信士:宇津木優季
操縦手:阪口桂利奈
-B1bis-
車長・砲手(47mm):秋山優花里
装填手・通信士:エルヴィン
砲手(75mm)・操縦手:大野あや
26 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:35:52.43 ID:RrCCUV6XO
【マジノ女学院】
フラッグ車:???
残存車両:10/10
27 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:37:10.30 ID:RrCCUV6XO
【E-2】
-IV号-
みほ「ウサギさんチーム(M3Lee)は西側にて待機。カバさんチーム(III突)は丘上と中央の両方を狙撃可能な位置でウサギさんチームを護衛してください」
みほ「Bラインの安全が確保できたらお知らせしますので、合図があったら移動してください」
-M3Lee-
梓「了解です!」
-III号突撃砲-
カエサル「承知!」
28 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:37:51.31 ID:RrCCUV6XO
【K-4】
-B1bis-
エルヴィン「さて、まずは速やかに南東まで移動せねばな」
優花里「はい。木々に紛れて上手く相手をやり過ごせればいいんですけど……」
-89式-
典子「なるほど、つまり全速前進!!」
-B1bis-
優花里「あ、こっそりお願いしますよ!」
-89式-
典子「……!? あれ?」
あけび「キャプテン?」
典子「今、正面の林で何か動いたような……」
-B1bis-
あや「えぇ!? もう敵が!?」
優花里「いえ、相手の開始位置は『C-9』ですから。もうKラインに到達しているとは考えにくいですし……」
エルヴィン「見間違いではないのか?」
-89式-
典子「……」
29 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:38:50.71 ID:RrCCUV6XO
【Cー3】&【Eー2】
-IV号-
沙織「やった! 丘、おさえられたね! これで有利に戦えるんでしょ?」
C-3北西よりの斜面を陣取ったことで北側はB-4~Aー5までを射界に収め、南側へは稜線射撃による援護が可能という有利な状況が構築できた。
みほ「カメさんチームは北東から迂回してくる車両がないか警戒してください。中央を抜けてくる車両に対して……!? あれは……」
-III号突撃砲-
カエサル「『Dー4』に敵影、二両確認!」
おりょう「エルヴィンがいないと車種がイマイチ分からんぜよ」
-IV号-
みほ「あれは、二両ともオチキスH35?」

オチキス H35(制式名称Char léger modèle 1935 H、軽戦車1935年型-H、Hはオチキス社を示す識別記号)は第二次世界大戦前に開発されたフランスの軽戦車である。
~wikipediaより参照~
見渡す限り、他に敵影は見あたらない。
みほ「カバさんチーム、ウサギさんチーム。他に車両は見えますか?」
-III号突撃砲-
カエサル「いや、二両のみだ!」
-M3Lee-
梓「同じく、同一車両が二両のみです!」
30 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:39:57.84 ID:RrCCUV6XO
オチキスH35は正面装甲34mm。主砲の威力もM3Leeの正面装甲で弾ける程度だ。
-IV号-
みほ「……迎撃します! ウサギさんチームは砲撃せずに後方に控えてください。カバさんチームは向かって右を。手前は……華さん、お願い」
華「任せて下さい。俯角ギリギリで仕留めます。合図しますので前進は最低限で結構です。冷泉さん」
麻子「ああ、分かった。制動後は再び丘の裏へ後退でいいんだな?」
みほ「うん。お願い」
沙織「……なんか分かんないけど、華がいつのまにか凄いテク身につけてる……」
みほの指示は極めて的確であったが、先だってIII突を視界に収めていたであろうH35の主砲は一瞬早く火を噴いた。
発射された敵弾は正確にIII突へと吸い込まれ……
-III号突撃砲-
左衛門佐「……!? 砲撃されたぞ!」
カエサル「いや、弾いたな。流石は冬戦争を戦い抜いた戦車だ!」
おりょう「ぜよ」
III突の80mmの正面装甲に弾かれた。
装甲を介して車内の空気までもがビリビリと振動に揺れたが、だがそれだけだった。
H35の主砲の37mm砲は貫通力40mm程度であり、正面からの撃ち合いではまともな戦果を望むべくもない。
31 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:40:49.78 ID:RrCCUV6XO
左衛門佐「今度はこっちの……」
-IV号-
華「……番です!!」
対するIII突の75mm砲は貫通力100mmを越える。
-III号突撃砲-
左衛門佐「ふっ! 討ち取ったり!」
-IV号-
華「やりました!」
瞬く間に二本の白旗が上がる。
沙織「すごい! さっすが華! 一発でやっつけたよ!」
みほ「偵察目的……? こちらのフラッグ車の位置は探られてないとは思うけど……」
-38(t)-
杏「かぁしま~。暇」
桃「しっかり北東を見張っててください!」
32 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:41:46.79 ID:RrCCUV6XO
-IV号-
華「あれは……!! みほさん! 11時方向に新たな敵影です!」
みほ「……! 確認します! あれは…………?」
-III号突撃砲-
おりょう「んん? あれは……戦車なんぜよ?」
カエサル「なにを言っている、おりょう」
左衛門佐「ここにいるのは戦車だけだ。眼鏡の度は大丈夫か?」
カエサル「どれどれ……ん? あれは……?」
左衛門佐「……? なんだ、あれは?」
-IV号-
華「とても前衛的なデザインですけど、あれは何という戦車なんでしょう」
みほ「……あれは、もしかして」
-M3Lee-
桂利奈「『ぼのぼの』だぁ~~~! ぼのぼのがいるよ!!」
優季「いや、桂利奈ちゃん。意味分かんないよ」
あゆみ「そうそう、試合会場にぼのぼのが居るわけ…………ぼのぼのが居るーーー!」
梓「みんな落ちついて。あれはぼのぼのじゃなくて、ぼのぼのみたいな戦車で偽ぼのぼのだから」
紗希「…………いじめる?」
33 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:42:41.00 ID:RrCCUV6XO
-IV号-
みほ「AMX40?」

AMX-40とは1980年代にフランスで開発された主力戦車である。試作のみであり、採用・量産には至らなかった。本項目では第二次世界大戦後に試作されたものを解説し、大戦前に試作された別の「AMX 40」には触れない。
※画像はWotのものです。
~wikipediaより参照~
麻子「有名な戦車なのか?」
みほ「ううん。設計書が作られただけのマイナーな車両なんだけど……」
-III号突撃砲-
カエサル「装填完了! とにかく仕掛けろ!!」
左衛門佐「合点っ!!」
左衛門佐の砲撃は見事にAMX40の砲塔へと吸い込まれ、そして弾かれた。
左衛門佐「なんとっ!」
おりょう「全く効いておらんぜよ!」
-IV号-
華「ならば車体装甲に!」
続けざまに放たれたIV号からの砲撃も容易く弾かれる。
34 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:43:34.54 ID:RrCCUV6XO
沙織「ちょ、なにあれ! そんなにおっきくないのに、あんなに頑丈な戦車なの?」
みほ「もちろん装甲も凄く頑丈だけど、全体に傾斜装甲が施されて『被弾径始』が効いている上に『食事の角度』をとられてるから……」
沙織「食事の角度?? 戦車の中でお弁当食べてんのぉ!?」
みほ「そうじゃなくて、相手車両に対して自車を11時方向、若しくは1時方向へ傾けることで装甲に対して斜めに砲弾を受けることができるの。人によっては『昼飯の角度』って呼ぶ人もいるけど」
沙織「……??? 斜めに撃たれたって砲弾の威力は一緒でしょ?」
麻子「なるほどな。……確かに砲弾の威力は同じだが、それが問題だ」
華「どういうことでしょう?」
麻子「大工が厚手の木材に釘を打つ様子を想像して見ろ」
沙織「うん」
麻子「木材の厚みより少し長い釘を、まっすぐ打ったらどうなる?」
沙織「いや、そりゃあ後ろに突き抜けちゃうけど」
麻子「ならそれを斜め45度に打ったらどうなる?」
沙織「どうって、そりゃあ……! あれ、長さ全然足りない!? 同じ釘と同じ木材なのに……貫通しない!?」
35 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:44:06.46 ID:RrCCUV6XO
麻子「斜め30度なら?」
華「全く貫通しないどころか、下手をすれば滑って表面にすら刺さりませんね」
麻子「ああ。そうゆうことだろう?」
みほ「ありがとう。麻子さん」
沙織「どーすんの? ちょ~やばいじゃんそれ!!」
みほ「うん……あれを貫徹するには、側面に周り込まないと。AMX40の装甲厚は確か、えっと……沙織さん。優花里さんに通信できそう?」
沙織「即席チームとアヒルさんチームは隠れながら進んでるはずだから大丈夫だと思うけど……即席チーム、聞こえますか? 即席チーム? もしもし……あれ……これって……」
みほ「どうしたの?」
沙織「みぽりん、大変! 即席チームとアヒルさんチームが敵車両と交戦中!」
みほ「……!?」
36 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:44:47.28 ID:RrCCUV6XO
キャラクター・車両紹介【2】
【AMX40】
戦後に製造された『AMXー40』とは全く別の車両。
独特の丸みを帯びたフォルムが特徴のフランス戦車。特に卵形の砲塔には平面部位が一切無く全面が傾斜装甲となっている。
1940年に企画設計されたが、ほどなくフランスの降伏があった為、実車は一台も製造されることなく計画終了となった幻の車両。
アメリーはこの当時の設計書を入手し、戦車道試合規則3ー01に基づいて実車を完成させた。
37 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:45:28.88 ID:RrCCUV6XO
……
【観戦席】
両校の関係者や戦車道のファン達が集まる観戦席。その一角に明らかに周囲と異彩を放つ空間があった。
紅茶を携えた二人の少女、ダージリンとオレンジペコの為に設けられた特設席であった。
オレンジペコ「……凄い。あんな戦車があったなんて……」
AMX40のことではない。
ダージリン「……『兵は神速を尊ぶ』と言うけれど、まさかあんなものを用意していたなんてね」
今、二人の視線を釘付けにしていたのは、南側の戦況を映し出したモニター。
追いつめられ行く優花里たちであった。
38 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:46:25.38 ID:RrCCUV6XO
……10分前
【K-4】
-89式-
典子「……いや、あそこでやっぱり何か動いた気がする。河西! 右前の林に注意して進んで。皆、いつでもレシーブ出来るように構えてね」
忍「はい!」
-B1bis-
エルヴィン「……どうする、グデーリアン?」
優花里「現時点で敵車両がここまで来ていることはあり得ませんが、大きな時間的ロスがある訳でもありませんし、ここは磯辺殿の言うとおり索敵しておきましょう」
あや「じゃあアヒルさんチームについて行きますね……って、あれ?」
優花里「大野さん? どうしました?」
あや「あ、いえ。今、あそこ……左の方で何か動いた気がして」
エルヴィン「正面の次は左か。戦場においては……疑心暗鬼にとらわれ幻覚を見るものもいると言うが……」
あや「い、いえ。そうゆうのじゃなくて……」
その瞬間。耳を劈く砲撃音が響いた。
優花里「!?」
砲撃したのは89式だ。
エルヴィン「アヒルさんチーム、どうした!!?」
39 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:47:25.50 ID:RrCCUV6XO
-89式-
典子「敵戦車を確認しました! 撃破失敗!!」
-B1bis-
優花里「……!! あれは!」
そして優花里は思い知った。典子もあやも、何も見間違えてなどいなかったのだ。
砲撃を受けた木陰から飛び出して来たのは、紛れもなくマジノ女学院の軽戦車であった。
あや「そんな! だって地図で言ったら敵のスタート位置は右上で……もうこんな所まで!?」
エルヴィン「いや……確かに道理に叶っているっ!」
-89式-
典子「はい! この戦車……!」
妙子「速いです!」
忍「っていうか……は、速すぎるっ!」
あけび「砲塔の旋回が全然追いつきません!」
40 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:48:27.23 ID:RrCCUV6XO
-B1bis-
エルヴィン「グデーリアン! あの平べったい車両は一体!?」
優花里「快速戦車は数あれど……登りを交えた起伏に富んだ地形をこれだけのスピードで走れる車両はそうそういません。まさか実物を目にすることになるとは……」
-89式-
忍「も、もったいぶらずに教えて下さい!」
-B1bis-
優花里「ELC AMXっ! ほんの僅かの試作車が作られたのみで量産も配備もされなかった幻の快速戦車です。……その開発コンセプトは……空輸可能な戦車!」
エルヴィン「く、空輸!?」
優花里「その車重はなんと僅か6.66トン。ちなみに我が校の車両で最軽量を誇る38(t)でも9.34トンです!」
あや(この人、歩く戦車図鑑だ)
あや「……って! さっき私が見かけたのはあれじゃないです! もっと左でした!!」
優花里「……!!?」

※画像はWotのものです
41 : ◆R.U0lKL4q6 :2014/04/30(水) 00:49:05.93 ID:RrCCUV6XO
あやが言い切るが早いか、気づけばさらに二両のELC AMXが飛び出して来た。
エルヴィン「3両も!?」
優花里「……っ! 速すぎて全く照準出来ません! 大野さん、河西さん! ELCは走行中には砲塔を全周旋回できません。相手の斜線に入らないように待避しつつ後退してください」
エルヴィン「グデーリアン。相手は軽戦車だ。被弾を覚悟で仕留めてはどうか?」
優花里「いえ。ELCの主砲は……!?」
エルヴィン「どうした?」
三両現れたELCの内の最初の一両がぐるりと周りを旋回しつつ砲を89式へと向けたのを優花里は見逃さなかった。
-89式-
典子「っ! 相手の斜線に入った!? もっとジグザクに後退して!」
河西「む、むちゃ言わないでください!」
42 : ◆R.U0lKL4q6 :2014/04/30(水) 00:50:15.71 ID:RrCCUV6XO
優花里たちを強襲した三両のELC AMXを駆るのはマジノ女学院の強襲偵察チームだった。
二人乗りのELCにおいて車長兼砲手をそれぞれ務めるのはアメリーに反射神経と判断力を買われて選出された二年生トリオである。
小隊長格のボルヴィックは照準もままならぬままに89式が後退を始めたのを見逃さなかった。
-ELC AMX1-
ボルヴィック「エヴィアン! ヴィッテル! あのノロマちゃんに仕掛けますわよ!」
-ELC AMX2-
エヴィアン「……了解」
-ELC AMX3-
ヴィッテル「心得ましたわ」
-89式-
典子「っ!!」
いくら砲塔が全周出来ないとは言え、時速60kmで周囲を走り回られては、こちらの迎撃も満足に行えない。
初動を誤った89式の砲塔は未だ明後日の方向を向いたままである。
43 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:51:04.03 ID:RrCCUV6XO
-B1bis-
優花里「いけない! すれ違いざまに撃ち込む気です! 大野さん。2時方向へ旋回、全速で前進してください!」
あや「ぜ、前進!? は、はい!」
エルヴィン「おい、グデーリアン?」
優花里「一か八か。こうなったらルノーの正面装甲を盾にしますっ!!」
エルヴィン「11時側にいる敵に側面を晒すことになるぞ!!」
優花里「相手も車体ごと旋回しなければ撃てません。撃たれる前に待避します。このままではアヒルさんチームが直撃を受けるのを待つばかりです!」
あや「も、もうどうにでもなってーーー!」
優花里「アヒルさんチームは全速後退を維持してください! 下りに入れば一端射線を外せます。……上手く被弾経始にかかって下さいよ……!」
飛び出すと同時にELC1号車の主砲が火を噴き、B1bisの車体を激しく揺らした。
ELCは一度も停止することなく、そのまま走り去る。
44 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:51:39.62 ID:RrCCUV6XO
-89式-
典子「秋山さん!?」
-B1bis-
優花里「……大丈夫です!」
車体が大きくきしみ、装甲を通じた振動はいまだに残っている。
だが、白旗は上がっておらず、B1bisは健在だった。
優花里「正面装甲を大きく削られましたが、上手く斜めに当たったおかげで相手の砲弾を弾けました。大野さん! 今の内に全速で後退します」
あや「はい!」
エルヴィン「一歩間違えばやられていた。軽戦車とは思えない砲だな」
優花里「はい。あの主砲は75mmSA44。貫通力は100mmですからまともに受ければ我が校の戦車はみんな正面装甲で受けても一撃です」
あや「」ガクガク
エルヴィン「……ぞっとする話だ」
優花里「西住殿は大丈夫でしょうか……?」
エルヴィン「……! 噂をすれば武部さんから通信だぞ。なに!? III突が敵戦車群より集中砲火を受けている!?」
優花里「!!?」
45 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:52:44.61 ID:RrCCUV6XO
キャラクター・車両紹介【3】
【ELC AMX】
フランスが誇る快速戦車。最高速度に優れるのは勿論、車重が軽いため急発進や登坂も難なくこなす。また全高が低い為、相手からすると極めて照準し辛い車両と言える。
アンバランスなほど強力な火砲を備える。
1956年に立案されたELC計画の産物と言われているが、近年の研究で1945年に初案の企画設計が完了していたことが明らかになり、マジノ女学院OGの働きかけによって戦車道連盟より使用が許可された(※)。
※このSSはフィクションです
【ボルヴィック】
マジノ女学院の強襲偵察チームのリーダー。ELC一号車の車長。
ちょっとキツめの目つきと金髪の姫カットが特徴のお嬢様。
乗員が二名の為、ELC AMXの車長は全員、砲手・通信士・装填手を兼ねる。
【エヴィアン】
ボルヴィックとは幼なじみの少女。二号車の車長。
片目が隠れるほどのアシンメトリーヘアと、への字口がチャームポイント。
【ヴィッテル】
同い年ながらも二人から頼れるお姉さんとして慕われている。三号車の車長。
おっとりした顔立ちと肉感溢れるわがままボディが魅力的。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/30(水) 00:53:22.57 ID:mg4XFtmro
ELC AMXは1956年の物だけどそれは
使ってokということでいいのかな?
>>46
絶対言われると思ってました
だって出したかったんだもん
詳しくは>>45をゴニョゴニョ
47 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:53:37.15 ID:RrCCUV6XO
【Cー3】&【E-3】
-IV号-
沙織「ど、どうしよう!? みぽりん!」
みほ「うん。AMX40の装甲は驚異だけど、南東からの攻めが途絶えた以上、北側は慎重に攻めるしかないかな」
華「今のところ他の戦車は出てきませんね」
みほ「うん。敵の規模は分からないけどいまは優花里さんたちを信じて、こっちも耐え抜こう」
-III号突撃砲-
左衛門佐「あの『ぼのぼの』、装甲はまるで本田忠勝だが、よく見れば相当な鈍足だな」
カエサル「うむ。最大時速40kmのIII突なら容易に回り込めるな。おりょう」
おりょう「承知ぜよ」
49 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:56:15.55 ID:RrCCUV6XO
-M3Lee-
桂利奈「あれ、カバさんチームが前進するよ?」
あゆみ「ホントだ? 梓、どうするの?」
梓「でも隊長の指示は待機だし……」
優季「え~。ここで置いてけぼり? 怖くな~い?」
桂利奈「カバさんチームに守ってもらうっていう指示だし、ついてこっか?」
優季「それがいいよ。行こ行こ~」
桂利奈「あいー」
-IV号-
みほ「……! AMX40が後退していく? ……あれは!?」
キューポラから周囲を見渡したみほが目にしたのは敵戦車の側面をとらんと前進するIII突であった。
みほ「カバさんチーム、待ってください! 迂闊に前進するのは危険です!」
50 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:57:33.35 ID:RrCCUV6XO
【Cー4】AMX40
【Cー3北西側】IV号 & 38(t)
【E-5】III号突撃砲
【Eー4】M3Lee
-III号突撃砲-
カエサル「む? 出すぎたのか?」
左衛門佐「いや、まぁしかし家屋が密集していて東からの射線は通っていないし、大丈夫だろう」
しかし左衛門佐が言葉を終えたその瞬間、車体が大きく揺らされた。
左衛門佐「何事だ!?」
カエサル「隣の家が吹き飛んでいるぞ! 崩れた壁材がのし掛かってきたんだ」
続いて、周囲の地面が次々と炸裂して土埃を舞い上げる。
おりょう「こ、こいつは!? 全速離脱ぜよ!」
おりょうがギアを入れた瞬間、III突の車体は今一度大きく揺らされた。
51 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:58:28.41 ID:RrCCUV6XO
-M3Lee-
桂利奈「わわっ!! やばくない?」
あゆみ「桂利奈ちゃん! ストップストップ!!」
梓「カバさんチームが……西住隊長に報告しなきゃ!」
-IV号-
沙織「みぽりん! ウサギさんチームから通信。カバさんチームが攻撃されてるって!!」
みほ「……! やっぱり! 石造りの壁程度じゃAP弾は簡単に貫通してしまいます! カバさんチーム、援護しますから全速で後退してください!」
-III号突撃砲-
左衛門佐「そ……それが」
おりょう「履帯をやられたぜよ……」
カエサル「面目ない」
-IV号-
みほ「……っ!」
砲撃位置を特定せんと身を乗り出すと、遠目に煙りの残る砲身が数本見受けられた。
みほ「全部町には入ってない……」
-38(t)-
杏「こっちも確認したよ~。町の北東を斜めにぴったり陣取ってるね~」
-IV号-
みほ「最初のオチキスはこの布陣を組む為の……っ!! 前進します! カバさんチームの援護を……」
しかし、みほの指示は一際大きい砲撃音で遮られた。
52 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 00:59:52.88 ID:RrCCUV6XO
……
【Dー6】
-ARL44-
アメリー「ふふ、まずは一両ですわね」
フラッグ車であるARL44のキューポラからあたりを見回して、アメリーは微笑んだ。
まるで巨大な工具箱が車体の上に乗っているかのような、角張った砲塔が印象的な戦車であったが、車体、砲塔ともに正面装甲100mmを越えるまさに鉄箱である。

ARL 44とは第二次世界大戦直後に生産されたフランスの重戦車である。ドイツ占領下のフランスで秘密裏にB1-bisを参考に開発された。戦後、60輌が完成したのみで、すぐに退役した
~wikipediaより参照~
左右にはARL40 V939が三両、そしてAMX40が横並びに陣取っていた。
III突の装甲を撃ち抜いたのはV939の105mm砲だ。
アメリー「賽は投げられましたわ。我々が誇る鉄壁の布陣。マジノ・ラインの恐ろしさを存分に味合うがよろしくてよ……」
車体よりも砲身の方が長いという恐ろしくアンバランスな駆逐戦車、それがV939であった。
ELC AMXの超高速機動戦闘。
攻撃を寄せ付けないAMX40の傾斜装甲。
無敵の破壊力を誇るARL40 V939。
そして、ARL44の文字通り鉄壁の装甲。
過去の歴史においては、ついぞ日の目を見ることの無かった、幻の試作車、設計書を集めて再編されたフランス戦車軍団。それこそがアメリーの切り札であったのだ。

V939
※画像はWotのものです
54 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 01:01:23.61 ID:RrCCUV6XO
【大洗女子学園】
フラッグ車:M3Lee
残存車両:5/6
IV号戦車
38(t)
89式
III号突撃砲【撃破】
M3Lee
B1bis
【マジノ女学院】
フラッグ車:ARL44
残存車両:8/10
ARL44
AMX40
ELC AMX ×三両
ARL40 V939 ×三両
H35 ×二両【撃破】【撃破】
55 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/04/30(水) 01:02:51.30 ID:RrCCUV6XO
キャラクター・車両紹介【4】
【ARL44】
マジノ女学院のフラッグ車。
1944のフランス解放と同時に企画された重戦車。
1947年に実際に生産された車両は『格好いい砲塔』と90mm砲が据えられている。
しかし戦車道試合規則3ー01を満たす、1945年までに企画設計されたのは車体に四角い箱状の砲塔と76mm砲を搭載した試作モデル。
アメリーはそのあまりにシンプルすぎるデザインを気に入って、好んで搭乗している。
【ARL40 V939】
III突と同じく駆逐戦車であり、回転砲塔は持たない。
1940年に軟鋼製の試作車が1両作られただけの企画設計車。
その洗練されたデザインをアメリーが気に入って、戦車道用に製造させた、世界にたった三両しかないワンオフ戦車。
59 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/05/03(土) 20:52:02.64 ID:ik6X+HkUO
【Kー4】
-ELC AMX3-
ヴィッテル「あら……逃がしちゃいましたの?」
-ELC AMX1-
ボルヴィック「いいえ。稜線を越えられただけですわ」
-ELC AMX2-
エヴィアン「このELCなら、すぐに追いつく」
-89式-
妙子「なんとかしのげましたけど……このままじゃ……」
あけび「あの平べったい戦車、凄く速いですし」
忍「後退しても、すぐ追いつかれちゃいます……」
-B1bis-
優花里「せっかく、西住殿より大任を賜ったのに……どうすれば……」
あや「なんとか逃げ切ればきっと隊長がなんとかしてくれますよ!!」
優花里「……はい。ここは何とか逃げ延びて逆転を……」
60 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/05/03(土) 20:53:38.87 ID:ik6X+HkUO
-89式-
典子「いいや! 後退する必要なんて無いわ!!」
妙子「キャプテン!?」
典子「確かに3対2で不利だし、相手のクイックは手強いけど……今は相手のマッチポイントよ!! 逃げ切りを目指す場面じゃない!!」
あけび「……!」
忍「……!」
妙子「……!」
典子「ピンチの時に必要なのは、ミスしない慎重さじゃないわ! 必要なのは逆転するための気合いと土壇場で攻める勇気っ!! そして……」
「「「……根性ですっ!!!」」」
典子「うん!」
61 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/03(土) 20:55:35.78 ID:ik6X+HkUO
-B1bis-
エルヴィン「しっかりしろ!! グデーリアン!」
優花里「……!?」
エルヴィン「私には隊長のような才は無いが、ここで退路を探すのが愚策だということくらい分かるぞ!」
優花里「……エ、エルヴィン殿!?」
エルヴィン「ここで我らが退いて突破されれば、こちらの布陣は明るみとなり、隊長たちは前後から包囲されることとなる!」
あや「……あ、たしかに!」
エルヴィン「なればこそ! 我らに必勝の策をくれグデーリアン! お前はグデーリアンなのだろう!!」
あや「……」
優花里「…………はい! せっかく頂いたソウルネームに泥を塗るところでした……」
エルヴィン「……ふっ」
優花里「確かに、この状況では逃げ切るのは不可能です! ……迎撃しましょう!」
あや「でも……わ、私たちだけで、大丈夫でしょうか?」
優花里「あのアメリーさんの自信……このELCだけによるものとは思えません。我々がここを自力で突破して、西住殿を援護しなくては! 磯辺殿!! 作戦をお伝えします」
62 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/05/03(土) 20:58:14.86 ID:ik6X+HkUO
-89式-
典子「はい!!」
-B1bis-
エルヴィン「うむ!」
……
ボルヴィックたちが稜線を越えるとすぐに、二両が視界に入り込んできた。
-ELC AMX2-
エヴィアン「……いた」
-ELC AMX1-
ボルヴィック「ノロマちゃんは大変ですわね。……エヴィアン! ヴィッテル! もう一度フォーメーションで仕掛けますわよ」
-89式-
典子「追いつかれた!?」
63 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/05/03(土) 21:00:06.22 ID:ik6X+HkUO
-B1bis-
優花里「落ち着いて。ELCは正面から左右30度程度までしか砲撃できません!」
優花里が指摘したELCの弱点、それは当然ボルヴィックたちにとっても周知のことである。
それゆえの三両一体のフォーメーションであった。
周囲を高速で旋回しつつ包囲を狭め、砲塔の背後をとる必殺の布陣が今優花里たちを覆い込もうとしていた。
-ELC AMX3-
ヴィッテル「エヴィアン、援護を頼みましたわ」
-ELC AMX2-
エヴィアン「……了解。あとに続く」
一見すると順調な攻撃態勢だが、ボルヴィックはふと違和感を感じた。
-ELC AMX1-
ボルヴィック「……あれは!!」
理由はすぐに分かった。89式の砲塔の回転だ。
旋回するヴィッテルを追う方向では無く、逆に回転している。
64 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/05/03(土) 21:01:03.02 ID:ik6X+HkUO
-ELC AMX3-
ヴィッテル「同じ方向ではこのELCの走行速度に追いつけないからから逆向きに?」
-ELC AMX2-
エヴィアン「無理。こちらは時速60km。砲塔旋回速度を足せば、射撃機会は一瞬にも充たない」
エヴィアンの言葉は至極当然のものだった。正面や背後をとったならまだしも、横切る最中を狙うなど不可能な話だ。
-ELC AMX3-
ヴィッテル「それに、それならば回りきるより先に仕掛ければ……!?」
そう。たとえ砲塔を逆から旋回させたとて、こちらを向くまでには時間がかかる。
そう考えていたヴィッテルは、89式を見て思わず息を飲んだ。
ヴィッテル「砲塔だけではなく……車体まで信地旋回を……?」
ただでさえELCの走行速度に砲塔旋回速度が上乗せされているのに、車体まで同方向に旋回すれば更にその速度までが加算される。
それに車体の旋回はそれだけで砲塔を揺らし、射撃精度を大きく損なわせる。
65 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/05/03(土) 21:01:45.27 ID:ik6X+HkUO
-ELC AMX2-
エヴィアン「間に合わないのを悟ってヤケになっただけ。……あんな状態で射撃なんてしても無駄」
だがボルヴィックの胸騒ぎは収まらなかった。
武道や剣道の達人が相手の立ち振る舞いから習熟度を測れるように、幼い頃から戦車道を学んできたボルヴィックには感じることが出来た。
あの89式は普通ではない。何かある。
エヴィアン「射線に重なる」
-ELC AMX3-
ヴィッテル「当たるはずないですわ。三号車、回避後に次のアプローチで仕掛けますわ」
66 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/05/03(土) 21:03:25.42 ID:ik6X+HkUO
……
-89式-
典子「絶対に当たる訳無い……向こうはそう思ってるはず」
妙子「時速60kmの相手に逆から車体ごと砲塔旋回したんじゃ、重なるのはほんの一瞬未満……」
あけび「でも強豪校の殺人スパイクは時速80km以上なんて当たり前!」
忍「そう。そして、どこに打ち込まれるか分からないボールに、一瞬の内に飛びつくのがバレーボール!!」
典子「鉄壁のブロッカーの動体視力、見せてやれ!!」
あけび「…………今ですっ!!」
バレー部きってのブロッカー、あけびによって撃ち出された57mm弾は……
-ELC AMX3-
ヴィッテル「あ、当たる訳……っ!」
67 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/05/03(土) 21:05:26.50 ID:ik6X+HkUO
57mm弾は吸い込まれるようにELC三号車の側面へと着弾した。
-ELC AMX1-
ボルヴィック「……なっ!? ヴィッテル!!」
-ELC AMX3-
ヴィッテル「……きゅぅ~……」
衝撃で逆向きに転がった車内で、ヴィッテルは目を回す他なかった。
-89式-
あけび「当たった!」
妙子「相手の戦車が吹っ飛びました!!」
忍「凄い……89式凄い!!!」
典子「さすが……!!! さすが89式だーーーー!!」
あけび「89式の性能のおかげです!!」
妙子「強い! 強いです89式!!」
典子「やっぱり89式は凄い!!!」
73 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/12(月) 04:00:34.56 ID:4QbfelYjO
-ELC AMX2-
エヴィアン「……よくもヴィッテルを!」
-ELC AMX1-
ボルヴィック「エヴィアン! 一度態勢を立て直した方がいいですわ」
-ELC AMX2-
エヴィアン「89式は砲撃したばかり……。今の内に倒……っ!!」
言い切るよりも速く、小刻みに揺れた車体にエヴィアンは思わず言葉を途切れさせた。
エヴィアン「……! なに!?」
操縦手「履帯をやられました! ルノーから榴弾の至近弾を浴びたようです!!」
エヴィアン「……っ!! でもこれで相手は二両とも装填中……」
74 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/12(月) 04:02:42.01 ID:4QbfelYjO
-B1bis-
優花里「……なんて思っているのかも知れませんが」
あや「75mm砲を忘れないでください!!」
M3Leeと同じく、二門の砲を持つB1bis。
その車体に据えられた砲は今エヴィアンのELC二号車を捉えていた。
-ELC AMX1-
ボルヴィック「こうなれば、先んじてB1bisを撃ちますわ! 下から回り込んで!」
操縦手「しかし、89式に側面を見せてしまいますが……」
ボルヴィック「まだ砲塔は完全に裏側を向いていますわ。こちらがB1bisを撃つほうが速いはず!」
ボルヴィックからすれば、まずはB1bisを仕留めるのが先決だった。
89式の乗員がどれだけの腕を持っていようと一対一ならば車両の性能差で圧倒できる。
75 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/12(月) 04:03:48.71 ID:4QbfelYjO
だが、ボルヴィックはすぐさま自身の判断が過ちだと気づいた。
-89式-
典子「今よ!! アターーーーーーック!!!」
「「「アタッーーーーーーク!!!」」」
-ELC AMX1-
ボルヴィック「こ、こちらに突進してくる!!?」
89式は砲塔を旋回させるでもなく、下りの斜面を利用して突進してきた。
ボルヴィック「こ、このELCに体当たりなんて、当たる訳ありませんわ!!」
76 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/12(月) 04:05:08.36 ID:4QbfelYjO
-89式-
典子「河西!! スパイクよ!! 思い切りセンターに叩きつけて!!!」
河西「はい!!」
-ELC AMX1-
操縦手「あわわわ……」
ボルヴィック「か、回避!! 旋回……いえ……加速…………きゅ……急停止ですわ!!!」
-89式-
河西「バレーのアタックに重要なのは相手の動きを読むこと!! ……その程度、見え見えよ!!」
-ELC AMX1-
ボルヴィック「ひぃぃぃ……」
-ELC AMX2-
エヴィアン「……ca m'etonne」
89式が突っ込むと同時にB1bisの75mm砲が火を噴き、二本の白旗が上がった。
77 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/12(月) 04:06:05.64 ID:4QbfelYjO
【Cー3北西側】IV号
【Eー4】M3Lee
-38(t)-
杏「いや~III突がやられちゃったのはキツいね~」
-IV号-
みほ「はい……相手チームは強固な守りの車両が揃っていますから」
麻子「これ以上伏兵はいない様だが、どうする? 丘上から仕掛けるのか?」
みほ「ううん。あの布陣……迂闊に稜線を越えたら集中砲火をあびることになる」
沙織「じゃあ正面から攻める?」
みほ「それもやっぱり、町を真ん中より向こうに行ったあたりで稜線を越えることになっちゃうから、一斉に撃たれて終わりかな……」
華「どうしましょう……」
みほ「残りはもう中央の窪地へ一端下って上り直すかだけど……」
78 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/12(月) 04:07:47.98 ID:4QbfelYjO
-ARL44-
アメリー「ふふふ。攻め倦ねて尻尾を出すのも時間の問題でしょうけれど、それを待って差し上げる気は無くってよ。ラインを押し上げますわよ!」
アメリーの声に五両が連れだって前進する。
-M3Lee-
梓「あれは……? 隊長! 建物の向こう側に相手のフラッグ車を確認。前進してきてます!」
-IV号-
みほ「……向こうから動いてきた!? ウサギさんチームは後退して下さい!」
沙織「どうすんの、みぽりん?」
みほ「麻子さん! 九時方向へ旋回してください。『Bー4』から顔を出して相手の出方を確認します」
麻子「分かった」
79 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/12(月) 04:09:43.49 ID:4QbfelYjO
-M3Lee-
桂利奈「撃ってきた!!」
梓「まだ……二両しか見えない? カバさんチームの話では『D-5』~『E-6』に五両いるはず……」
優季「あゆみ、反撃! 反撃して!」
あゆみ「む、無理! こんなに揺れてちゃ75mmは無理!」
梓「紗希、35mmは?」
紗希「……」 コクリ……
あゆみ「あ! 当たったよ!」
梓「初めて撃って走りながらで、凄いよ!!」
優季「でも全然効いてないかも~~~!!」
紗希「……」 ウルウル……
あゆみ「紗希のせいじゃないよ! あいつが堅すぎるのが悪いんだよ!!」
優季「そうそう。ってまた撃ってきた~」
梓「『E-2』まで後退して敵を引きつけるよ! 上手く追いかけてくればくれば隊長たちが背後をとってくれるはず!」
桂利奈「あいあい~!!」
84 : ◆R.U0lKL4q6 [sage]:2014/05/19(月) 22:41:38.89 ID:T66xCXZ6O
【Bー4】
-IV号-
みほ「……!」
華「これは!!」
作戦通り、丘を隔てつつ東へすすんだIV号だったが、思いがけず足を止めることを余儀なくされた。
沙織「な、なんでここにも敵がいるの? さっきまで町沿いにいたじゃん!!」
町沿いに展開していた戦車群に対して、北から側面、若しくは背面を伺うはずであったIV号に対して、待ち受けていたのは真正面から砲を構えるV939であった。
華「相手の布陣が『B-4』から『C-5』に移っています……? 一体いつの間に……」
みほ「……」
85 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:42:34.63 ID:T66xCXZ6O
【C-5】
-ARL44-
アメリー「西住さんは今頃驚いていることでしょうね」
IV号視認の報告を受けて、アメリーは満足げに微笑んだ。
アメリー「私のマジノ・ラインには穴なんて無くてよ。仮に突破口があったとしても、それは時とともに塞がってしまう虚ろなもの。変幻自在、金城鉄壁のマジノ・ラインで押しつぶして差し上げますわ!」
あえて数両を相手の視認範囲へ残し、その間にライン左翼の車両を右翼側へと移動させるアメリーの作戦は、強行突破の叶わない大洗女子学園
にとってはまさに鉄壁と言えるものだった。
アメリー「V939、AMX40、砲撃開始ですわ!」
86 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:43:43.67 ID:T66xCXZ6O
【観戦席】
オレンジペコ「出ましたね。アメリーさん必殺のマジノ・ライン」
ダージリン「えぇ。自在に戦線を操る彼女の才に、鉄壁の装甲が加われば正に鬼に金棒、駆け馬に鞭と言えるでしょうね」
オレンジペコ「はい」
ダージリン「でも、どんなに強固な城壁でも抜け道はあるものよ」
オレンジペコ「……?」
ダージリン「過去の歴史においてマジノ線は一度も突破されたことはない。にも関わらず、フランスはドイツに破れてしまったわ」
オレンジペコ「……確かに! でもアメリーさんは自在に戦線の位置を変えることで穴を塞いでしまいます」
ダージリン「そうね。あれを今から突破するとあっては大洗女子の戦力では絶対に不可能だわ」
オレンジペコ「……?」
逆転は不可能という言葉と裏腹に、ダージリンの口元には笑みがこぼれていた。
自身がライバルと認めた西住みほを、旧知のアメリーが打ち破ったことを祝福して?
オレンジペコ「……」
そうではない。ダージリンの瞳が雄弁に語っている。
この試合はまだ終わっていないと。
87 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:47:41.85 ID:T66xCXZ6O
【Eー3】
-M3Lee-
優季「隊長たちも敵車両と交戦中だって!」
あゆみ「ええ!? 町沿いに敵がいたから北からぐるって回り込めるんじゃなかったの!!?」
紗希「……」
そう言っている間にも至近弾が飛び交っていく。
あゆみ「か、桂利奈ちゃん! もっとジグザクに!」
桂利奈「あいあい!!」
優季「もっともっとジグザグに!」
桂利奈「あいあいあいっ!!」
梓「きっと、こっちから見えてる数両を残して北側に先に回り込んでたんだと思う……」
桂利奈「そんな~~! このままじゃ……」
88 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:48:23.63 ID:T66xCXZ6O
【Bー4】
麻子によって車両が急速後退させられると、直後にそれまで居た場所から盛大に土煙があがった。
-IV号-
沙織「み、みぽりん! このままじゃ……」
V939の105mm砲が相手ではIV号の装甲は紙細工も同然。
命中すれば被弾経始など語る暇も無く撃破されてしまう。
麻子「どうする? このままじゃ……」
みほ「はい。このままいけば……」
再び眼前で地面が炸裂する。
みほの眼は盛大にあがる土煙ごしに、マジノ・ラインを捉えていた。
みほ「このままいけば……、マジノ線突破です!!」
89 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:50:08.81 ID:T66xCXZ6O
【Cー5】
-ARL44-
アメリー「ふふ。必死に逃げていらっしゃるようですが……私のマジノ・ラインを見誤ったのが運の尽き。最早時間の問題ですわね」
逃げまどうIV号とM3Leeをの姿にアメリーは勝利を確信した。
アメリー「二両とも速やかに撃破して差し上げなさい!! …………?」
ふと、自分の口から出た言葉に違和感を感じた。
アメリー「二両!?」
あわててキューポラから周囲を見渡す。
IV号の周囲には何もいない。
アメリー「……!?」
M3Leeに随伴車両は……いない。
アメリー「……!!?」
いない。
先ほどまでいたはずの38(t)がいない。
アメリー「先んじて後退して丘下から迂回する気ですの? しかし今更……!?」
そこで念のためにと背後を眺めて、アメリーは言葉を失った。
90 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:51:15.96 ID:T66xCXZ6O
-38(t)-
杏「お~、西住ちゃんの言ったとおりの戦局だね~」
桃「はい。向こうも先んじて北側のAラインを突破されていたとは思わなかった様ですね」
マジノ・ラインの後方、戦線の内側を軽快に走る38(t)を見て、思わず言葉を失いそうになりつつも、アメリーはすぐに指示を飛ばした
-ARL44-
アメリー「AMX40! V939! 後ろですわ! ラインの内側に敵がいましてよ!!」
アメリーの言葉にすぐさま二両が動くが、回転砲塔を持たないV939では背後の敵への対処はすぐには行えない。
91 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:52:24.24 ID:T66xCXZ6O
-38(t)-
杏「小山。先にあの『ぼのぼの』に仕掛けるよ~。かぁしま。履帯狙ってね~」
柚子「はい。桃ちゃん。しっかりね」
桃「この38(t)の37mm砲ではあの装甲を相手に撃破は望めない。ならば……履帯を破壊すれば済むことだ!」
モノクル越しに、桃の眼はAMX40の履帯を捉えた!
桃「その鈍足ではいい的だ!!! 食らえっ!!!」
万全の狙いで発射された砲弾は見事にAMX40の車体ど真ん中に命中した。
桃「っんな!!」
柚子「桃ちゃん、狙うのは履帯だよ!」
桃「な……千載一遇のチャンスだったのに……私は……」
38(t)の主砲ではどう足掻いてもAMX40の装甲に傷など付けられない。
杏「お~~~。撃破したね~~~~」
そう、38(t)の主砲ではせいぜい履帯を狙うのが精一杯なのだ。
桃「それが……履帯の破壊すらしっp…………っへぁ? げ、撃破!?」
92 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:53:48.37 ID:T66xCXZ6O
杏「やるじゃん、かぁしま~~!」
見ればAMX40は黒煙を上げながら白旗をなびかせている。
柚子「後ろの排気口に当たったんだよ! 桃ちゃん!!」
桃「撃破? 私が? ……はは……はははは! ど、どどどうだ!? 西住! や、やったぞ!! 撃破! 一両撃破だっ!!!」
杏「お、敵のゾウさんがこっち向いてきてるよ~」
桃「撃破……一両……撃破!」 ……フンス
柚子「回避……間に合いません」
桃「や、やったよ……見てた? 柚ちゃん?」
杏「105mm砲じゃ38(t)はかすっただけでイチコロだね~」
柚子「や、やられ……」
38(t)から見てV939の砲身が正円を描いた瞬間、V939から白旗が上がった。
桃「ふふ、IV号もIII突も倒せなかった戦車を私が……ふはは」
柚子「……!? た、助かった!?」
93 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:55:31.31 ID:T66xCXZ6O
-IV号-
華「……間に合いましたね。上手く側面を狙えました」
沙織「さっすが華!!」
-38(t)-
杏「や~危なかったね~」
柚子「はい。IV号のおかげで助かr……!!!」
一同が安堵した直後、38(t)轟音と共に横転した。
残るV939が側面から迫っていたのだった。
柚子「あいたたた……せっかく助けてもらったのに……ごめんね皆」
杏「ありゃ~。やられちゃったね~」
桃「ふふふ……私が一両撃破……」
94 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/19(月) 22:58:05.39 ID:T66xCXZ6O
【大洗女子学園】
フラッグ車:M3Lee
残存車両:4/6
IV号戦車
38(t)【撃破】
89式
III号突撃砲【撃破】
M3Lee
B1bis
【マジノ女学院】
フラッグ車:ARL44
残存車両:3/10
ARL44
AMX40【撃破】
ELC AMX ×三両【撃破】【撃破】【撃破】
ARL40 V939 ×三両【撃破】
H35 ×二両【撃破】【撃破】
98 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/31(土) 01:05:40.73 ID:ayX2MC8BO
【Bー4】
-IV号-
華「カメさんチームが!」
沙織「大丈夫。全員無事みたい。でも……これでこっちはウサギさんチームと私たちだけになっちゃったよ!!?」
華「いえ、ルノーと89式が東から来てくれるんじゃないですか?」
沙織「……あ! そっか! ゆかりん達が相手を後ろからやっつけてくれるかも!! ゆかりんに助けてって通信すれば……」
みほ「……」
華「みほさん?」
麻子「無理だな」
沙織「え?」
みほ「そうだね。優花里さんがいるから心配ないとは思うけど……助けには来てくれないかな……」
沙織「な、なんでなんで! ゆかりんが私たちを見捨てるの?」
麻子「いや、最後の通信の時点で二両がいたのはKー5だ。起伏に富んだ地形で東から回り込んでも北東で大きな坂がある。時速25km強のあの戦車では回り込むにはもう3、4分はかかるだろう」
みほ「うん」
沙織「そんな……」
99 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/31(土) 01:12:17.76 ID:ayX2MC8BO
【Cー5】
-ARL44-
アメリー「西住流。まさかここまでおやりになるとは……。ですが、IV号戦車の主砲ではこのARL44には傷ひとつ付きませんわ」
実は杏の構想には密かにIV号の強化計画があった。将来的にはF2型の砲に換装し、100mm越えの貫通力を手に入れることも夢ではない。
だが、今のIV号の主砲ではせいぜい中戦車の側面装甲を抜くのが関の山だ。
重戦車を相手にしたのでは例え背面へ撃ち込んでもなんの成果も期待できない。
ましてやアメリーが駆るARL44の正面は車体、砲塔ともにのっぺりとした一枚板だ。
戦車道の試合規定に基づいてカーボンコートされた車体であっても、通常弱点と言うべき扉や窓への直撃は被弾判定に考慮される。
だがこの戦車の正面にはそれすら一切無い。
アメリー「IV号はこのARL44で引きつけますわ! V939は二両とも前へ! フラッグ車を倒せばこちらの勝利でしてよ!」
100 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/05/31(土) 01:15:14.27 ID:ayX2MC8BO
【Bー4】
-IV号-
麻子「どうする? 向こうの背後まで走り抜けるか?」
みほ「……ううん。確かにARL40 V939は上手く側面に当てれば撃破出来ると思うけど。きっと私たちを無視してウサギさんチームを追うと思うから……」
華「ではウサギさんチームと一緒に後退しますか?」
みほ「それも……無理かな。向こうの正面装甲と真っ向から戦うことになっちゃうから」
沙織「ど、どうすんの、みぽりん!? せっかく生徒会チームが『ぼのぼの』をやっつけてくれたのに」
みほ「うん。押しても鉄壁の装甲の前では全然効かないし、退いてもV939の火力じゃどこを撃たれても一撃でやられちゃう」
華「……」
みほ「私たちだけじゃどうやっても負けちゃうね」
麻子「……」
沙織「そ……そんな……」
杏たちの活躍を以ってしても形勢逆転には至らない。
戦車道における戦車の性能差とはそれほどまでに残酷なものだった。
103 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/11(水) 02:01:38.97 ID:Yb5lMat9O
みほ「だから、優花里さん達に助けてもらおっか」
沙織「………………はぇ?」
華「秋山さん達にって……」
麻子「さっき間に合わないと私に説明させただろう」
みほ「うん」
華「……?」
みほ「だから……」
沙織「……?」
みほ「……そこは戦術と腕かな」
たった一言だった。
沙織「…………うん!」
たった一言だけで、一瞬前までの絶望的な雰囲気は消え去り少女たちの眼には活力が戻っていた。
104 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/11(水) 02:03:23.44 ID:Yb5lMat9O
【C-5】
-ARL44-
アメリー「西住流。確かに素晴らしい戦略眼ですが、この試合は私たちの勝利ですわ。IV号の主砲では何百発撃たれようと私には傷ひとつ付けれられませんでしてよ!」
V939は稜線を越えようと既に前進している。
アメリー「さぁ、こちらもIV号を追げk……!」
いざ逃げるIV号を追わんと指示を出しかけたところで、アメリーは丘から勢いよく飛び出してきたIV号に目を丸くした。
アメリー「……! 無駄なことを! 勝てないと悟ってヤケにでもなりまして!?……」
自身で口にして、だがアメリーはすぐにそれを否定した。
ここで無策に突撃してくる程度の者が相手ならば、とうに決着はついている。
105 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/11(水) 02:04:11.47 ID:Yb5lMat9O
アメリー「……何を、お考えなのかしらっ!?」
スピードで攪乱しつつ背後へ回り込むつもり?
いやそんなことをしている間に、V939が二両がかりでM3Leeを撃破するだけだ。
それにIV号の砲ならどこから撃たれてもARL44は傷ひとつ付かない。
アメリー「ならば……いったい……?」
ましてや伏兵など居るはずもないとアメリーが周囲を見渡したとたん、数メートル先の地面が弾けた。
アメリー「……!? 砲撃!! まさか、回り込まれたと言うの?」
アメリーは確信した。やはり西住みほが何の勝機もなく一両で突撃してくるなどありえない。
背後に迫っている。
すぐ後ろに、敵が居るのだ。
106 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/11(水) 02:06:08.72 ID:Yb5lMat9O
-IV号-
みほ「麻子さん! 今です!!」
ARL44の至近が炸裂すると同時に、これまで回避コースをとっていたIV号は一気に方向転換した。
-ARL44-
砲手「よ、IV号が向かってきます!」
アメリー「……!」
砲手「……っ!」
いかに頑強な戦車に乗り換えようとも、これまで身につけた感覚や癖はそうそう抜けるものではない。
いくら回り込まれても、いくら撃たれても平気と分かっていながらも、砲手は焦るあまり尚早に迎撃の砲弾を放ってしまった。
-IV号-
沙織「きゃあっ!!」
大きく揺れた車内に思わず悲鳴が響いたが、だがそれだけだった。
麻子「あんな見え見えの反撃に当たるか」
すんでの所で回避行動をとったIV号は、勢いを殺さずARL44へと突進した。
107 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/11(水) 02:08:44.42 ID:Yb5lMat9O
-ARL44-
アメリー「……なぜ! 一体どこへ回り込まれたというの!」
砲手「IV号、突撃してきます!」
背後の敵は見えぬままだが、かといってIV号を自由にさせる訳にもいかない。
アメリー「……っ!」
一先ず眼前のIV号への対処をとアメリーが正面を見れば、再び背後で地面が炸裂する。
アメリー「……! これは……!」
だが今度は抉れた地面の角度から入射角がハッキリと見て取れた。
砲弾は背後から撃ち込まれたものでは無かった。
アメリーが迷わず振り向いた先に、確かに89式はいた。
アメリー「あんな遠くから!!?」
108 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/11(水) 02:10:01.47 ID:Yb5lMat9O
【Eー9】
-89式-
典子「装填完了! 撃て撃てー! 倒すまで撃てーーー!!」
あけび「はいっ!」
忍「いや、この89式の主砲じゃ密着してても無理ですよ」
E-9の南東、崩れた橋の途中に89式はいた。
見晴らしもよく狙撃には最適のポイントだ。適切な威力の砲があれば絶好のポイントといえる。
だが89式の砲ではとうてい撃破など望めない。
妙子「あ、でも相手のフラッグ車の動きがさっきまでと違います! 作戦成功です!」
そう。普通の指揮官や戦車長ならこんな指示は出さない。
だがこんな無意味な、意味の無い距離から砲撃すること。
それ自体にこそ大きな意味があった。
109 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/11(水) 02:11:57.95 ID:Yb5lMat9O
【C-5】
-ARL44-
アメリー「なんてこと! はじめから撃破など考えずに……!」
本来なら無視してしかるべき攻撃に、驚異を感じてしまったアメリーは一瞬、ほんの一瞬の隙を生んでしまう。
操縦手「旋回、間に合いません」
-IV号-
みほ「麻子さん、突撃です! みんな衝撃に備えて!」
麻子「……っ!!」
ほんの僅かだけ射線から逃れつつ突進したIV号は、全速力でARL44へと衝突した。
-ARL44-
アメリー「--っ!!?」
大きく揺さぶられる戦車内で、だがアメリーは背筋が寒くなるのを感じた。
アメリー「こ、後退よ。態勢を立て直しますわよ!」
操縦手「駄目です! 衝突で履帯が!」
アメリー「--ならば迎撃を。砲手!」
砲手「ね、狙いが……!」
110 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/11(水) 02:14:40.75 ID:Yb5lMat9O
-IV号-
みほ「……」
車体が大きく軋むほどの突撃をかけたIV号は、いまや完全にARL44の砲身の懐にいた。
言うなれば右ストレートを躱して相手へ密着したボクサーのような状態だ。
みほ「華さん!」
そして突き出されたままの拳では超ショートレンジから放たれるアッパーを躱す術はない。
華「はい!!」
IV号の砲では360度どこから撃ってもARL44の装甲を貫徹出来ない。
だがそもそも、人の作った機械に対して7kgもの鉄の塊が初速385m/sで撃ち込まれて、何の影響も無いはずが無いのだ。
それが正確無比の照準で撃ち出されたものならばなおさらだ。
111 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/11(水) 02:17:05.72 ID:Yb5lMat9O
-ARL44-
アメリー「っく!!?」
再びARL44の車内が揺らされた。
砲手「ターレットリングに異常! ほ、砲塔が回りませんっ!!」
アメリー「……」
アメリーは身が震えるのを感じた。
砲撃に恐怖した訳ではない。
通常、武道の試合において身の危険に恐怖するという状況は彼女の知る限りない。
にも関わらず、体はおののき震えた。
アメリー「絶対に太刀打ちできないであろうはずの、このARL44に、よもや突進してくるなんて……こ、これが……西住流!!?」
114 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/12(木) 23:35:29.51 ID:i+I+Vmy2O
試合前のそぶりばブラフだったに違いない。
恐るべき胆力と策略だ。
アメリー「……!! V939は何をしてますの!? は、早く相手のフラッグ車を!」
だがいくら西住みほが恐るべき存在でもフラッグ車さえ倒せば終わる。
だがアメリーの耳に届いたのは予想だにしない報告だった。
通信士「V939から通信です! M3Leeに突破された模様!」
アメリー「ど、どうして!!?」
通信士「側面よりB1bisの奇襲を受けたようで……」
アメリー「な……。あ、相手のフラッグ車は……!?」
続きの言葉を紡ぐ必要はなかった。
アメリーの目にはIV号の後方から突進してくるM3Leeがはっきり見えた。
115 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/12(木) 23:39:03.07 ID:i+I+Vmy2O
アメリー「迎撃でしてよ!」
砲手「ほ、砲塔が回らないのに無理ですっ!」
アメリー「V939は!?」
通信士「いまだB1bisと交戦中です」
アメリー「っ!!」
-M3Lee-
優季「あんこうチーム、本当に体当たりしてる!」
紗希「……」
梓「隊長たちが作ってくれたチャンスだもん! 絶対にやっつけよう!」
あゆみ「うん!!」
桂利奈「あいあいーーーーっ!!!」
116 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/12(木) 23:46:53.62 ID:i+I+Vmy2O
75mm砲の発射音とともに、白旗が上がった。
-ARL44-
アメリー「…………」
M3Leeの75mm砲の接射ならば鉄壁に等しいARL44の装甲に対して、有効打が望める。
アメリーにも分かる。決して勢い任せなどではない。
すべて窮地においやられたあの一瞬のうちに、西住みほによって計算された作戦だった。
『ARL44、行動不能……大洗女子学園の勝利です!』
アナウンスを聞いても、不思議とそう悔しくはなかった。
117 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/12(木) 23:49:35.52 ID:i+I+Vmy2O
アメリー「作戦、胆力、指揮力……全て完敗ですもの。当然ですわね」
納得のいく敗北だった。
まさに軍神としか評しようの無い最強の相手に負けたのなら、やむなしというものだ。
華「みほさん!」
麻子「おい」
そんな思いで戦車を降りると、ふとIV号の乗員たちの声が聞こえてきた。
見れば西住みほがちょこんと膝をついて座っている。
アメリー「……?」
沙織「大丈夫!? みぽりん!!」
アメリー「……どうかなさいまして?」
みほ「……あ、アメリーさん!? ……必死でARL44の懐へ飛び込んだんで、なんだか腰が抜けちゃって……」
アメリー「……ぇ?」
目の前の少女は重戦車を相手に躊躇無く突撃してきておいて、腰が抜けたと言った。
自分たちを打ち負かしたのは無敵の軍神のはずなのに。
アメリー「……」
だからこそ敗北も納得できたのに。
118 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/12(木) 23:52:14.66 ID:i+I+Vmy2O
みほ「あの……」
アメリー「……」
みほ「……アメリーさん?」
アメリー「…………っぷ! ぷぷ……ふふふ……あははははは……」
麻子「……!?」
沙織「ちょ、どうしちゃったんですか!?」
アメリー「ふふふふ! そうでしょう!! そうでしょうとも!! 我が最強のマジノ・ラインとARL44を前にしたんですもの。その反応を恥じることはありませんわ」
みほ「あはは……真っ向から戦っても勝ち目が無いのは分かってましたから」
アメリー「でも、それでいてなおも突破の策を練り、最後には自ら立ち向かってきた貴方には敬意を表しますわ」
みほ「アメリーさん……」
アメリー「さぁ。お手をお貸ししますわ」
みほ「あ、ありがとうございます」
アメリー「でも、次は負けませんでしてよ!」
みほ「はい。私たちもです!」
119 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/12(木) 23:53:22.09 ID:i+I+Vmy2O
…………
翌日、学園へ戻っても戦勝ムードは止まぬままだった。
桃「諸君の働きのお陰で無事に二回戦も……って聞けーーーー!!」
杏「や~友好の印にってロードバイク一式とローラー台までくれるなんて太っ腹だね~」
柚子「こっちから差し上げたのは干し芋ですけどね」
忍「ローラー台……これは持久力トレに最適ね」 ガーーー
妙子「景色が変わらないからちょっと退屈だけど」 ガーーー
あけび「でもケガもしにくいからオフトレに使う球技の選手も多いらしいよ」 ガーーー
典子「よし! 全員ケイデンス100維持であと5時間!!」 ガーー
「「「はいっ!!」」」 ガーーー
120 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/12(木) 23:55:15.07 ID:i+I+Vmy2O
あや「で、そこで秋山先輩が~」
優季「またその話~?」
あゆみ「それを言うなら相手のフラッグ車をやっつけたのは私だよ~」
梓「いや、それは隊長たちが事前に攻撃してくれたからじゃん」
紗希「……私も……命中させた」
桂利奈「ね~~~」
おりょう「よもや敵の術中にああも見事にはまるとは……失態だったぜよ!!」
左衛門佐「これは……修行不足だ! 山籠もりだ! 滝行だ!!」
エルヴィン「まぁ私は十分な戦果を上げたからな……。無事を祈っているぞ……」
左衛門佐「待て! 我ら生まれた時は違えども、死すべきとは同じはず!」
エルヴィン「いや、皆同じ歳……えぇい! はなせ!!」
カエサル「諦めろ、エルヴィン」
エルヴィン「カエサル、お前もか!」
121 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/12(木) 23:57:28.62 ID:i+I+Vmy2O
優花里「いや~まさかELCやAMX40をこの目で見られるとは……私は幸せものですぅ!」
沙織「でも、アメリーさん大丈夫かな?」
華「何がです?」
沙織「だってずっと戦車道負け続けてたから、今年は再起を賭けてたんでしょ? マジノ女学院。なんか悪いじゃん」
麻子「仕方ないだろう。それが勝負というものだ」
みほ「うん。麻子さんの言うとおりだけど、アメリーさんは今年で卒業だし、沙織さんの言うこともちょっと分かるかな……」
華「ですが、同じ道を歩む身です。いつかまた重なることもありますよ」
みほ「うん……そうだよね。…………って!!?」
沙織「みぽりん?」
麻子「なんだ急に大声を上げて」
みほ「あれ! テレビ、テレビ見て!!」
優花里「……あれは!」
アナウンサー『今年も女子自転車道の世界大会が間近に差し迫ってきました。今回も注目は優勝候補に数えられる屈指の強豪、マジノ女学院! 今日は主将のアメリーさんにお話をお伺いしたいと思います』
【完】
124 : ◆R.U0lKL4q6 [saga]:2014/06/13(金) 01:47:09.68 ID:m61w2YjBO
読んでくれた方ありがとう。
今回は遅筆と分かってたこともあって初めて酉使ったんだけど
次はちょっと趣向を変えたガルパンもので書くつもりなので、ガルパンものの時はまた同じ酉で書きますわ。
ではまた次も宜しくお願いします。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/13(金) 00:04:10.49 ID:kNBNPBYAO
乙
戦車戦の描写がかっこ良くて楽しめた
ガルパンSSまた書いて欲しい
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/06/13(金) 00:54:02.37 ID:OvNDs9qb0
乙ァー・フォーー
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/13(金) 06:02:59.74 ID:eNogTi1Ko
乙!
ガルパンの戦車道SSは貴重!

Entry ⇒ 2014.06.24 | Category ⇒ ガールズ&パンツァー SS | Comments (12) |
まほ「鋼鉄の死神」

1 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:33:29.35 ID:Ob5Kw8LLo
~黒森峰女学園~
VUOOOOOM……
まほ「全車、パンツァーカイル戦闘隊形!」
エリカ「4号車、遅れてるわよ!」
まほ「目標まで距離2000、任意に砲撃開始」
BAM! BAM! BAGOOM!!
エリカ「2号車、標的撃破」
まほ「6号車、11号車外したぞ、11号車はこれで4回目だ、次はない」
『11号車了解です!』
BLAM! DOM!
エリカ「7号車、標的撃破」
まほ「9号車ハズレだ、当たると確信するまでは撃つな、勘に頼るのはよせ」
※まほさん過去回想話、短いです
※キャラ崩壊が含まれる可能性があるのでご注意ください
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1384738409
2 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:35:01.66 ID:Ob5Kw8LLo
まほ「全標的撃破、全車整列して降車、集合しろ」
『了解!』
エリカ「命中率は…60%というところです」
まほ「よくないな」
エリカ「特に初弾を当てた車両は少ないですね、仕方ないかもしれませんが」
まほ「当ててくれなければ困る」
エリカ「…ですね」
まほ「止まった的でこれなら試合ではもっと低くなる、向こうもこちらも動くからな」
3 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:36:55.35 ID:Ob5Kw8LLo
まほ「皆ご苦労だった、午後からは試合形式の練習を行う、昼食は各自しっかりとっておけ」
まほ「それと、11号車の車長は私のとこへ来い、以上だ!」
「あー疲れた…」 「やっとお昼だね」 「お腹すいたー…」
まほ「呼ばれた理由はわかってるな?」
生徒「は、はい!」
まほ「結局5発連続で外したな、命中率も最下位だ」
生徒「申し訳ありません…」
まほ「35(t)のリベットを数えるのと格納庫の清掃はどっちがいい?」
生徒「へっ?え、え~と……清掃がいいです」
まほ「よし、練習が終わったら清掃してから帰るように、他の乗員にも伝えておけ、行っていいぞ」
生徒「はい!失礼します!」
4 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:38:41.18 ID:Ob5Kw8LLo
~隊長室~
まほ「…暑い」
まほ(もう冬だと言うのにこう暑いと指示するだけでも疲れるな、いつ北上するんだったか)
まほ(上着を脱いでしまうか……いや、下級生に示しがつかないし…)
まほ(まあいい、どうせ部屋の中だけだ)バサッ
コンコンッ
まほ「」ビクッ
エリカ「隊長、午前中の訓練の詳細結果ですが…」
まほ「あぁ、なんだエリカか……入れ」
カチャッ
エリカ「……えらい格好ですね」
まほ「勘弁してくれ…」
5 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:40:13.48 ID:Ob5Kw8LLo
エリカ「一年生に見られないようにしてくださいよ?」
まほ「わかってる、部屋の中だけだ」
エリカ「それで、データですが」
まほ「そこに置いておけ、後で確認する」
まほ「……今日はすまないな、一年生のみの練習に付き合ってもらって」
エリカ「いえ…私から申し出たことなので」
まほ「ふふっ、真面目だな」
エリカ「笑わないでくださいよ、隊長こそ、大会も終わったのにこうして休日に出てきて指導してるじゃないですか」
まほ「一応まだ隊長だからな、しばらくしたらお前に全部任せる」
エリカ「面倒な仕事は済ませておいて下さいね」
まほ「それはどうかな」
6 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:41:25.91 ID:Ob5Kw8LLo
まほ「しかしどうしたものかな、一年生には」
エリカ「戦力になるのは全体の3割くらいですかね」
まほ「実力の問題だけじゃない、私が一年の頃はなんというか…みんなもう少し緊張感があったと思う」
エリカ「隊長が一年生のころですか…想像できません」
まほ「失礼だな」
エリカ「あ、いえ!そんなつもりでは……でも気になります、どんな生徒だったんですか?」
まほ「別に今と大して変わらない、真面目なだけの生徒だったよ」
エリカ「一年から黒森峰の隊長を?」
まほ「最初から、というわけじゃないがな」
7 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:43:15.02 ID:Ob5Kw8LLo
まほ「きっかけになったのは…上がりたての頃のグロリアーナとの練習試合だったか」
エリカ「ではあの話は本当なんですか?」
まほ「話?」
エリカ「隊長のティーガー1両でグロリアーナの戦車を30両撃破したって話です、チームで知らない人はいませんよ」
まほ「はっ、いつの間にか増えてるな、30両は嘘だ、エイブラムスでもなければ無理だろう」
エリカ「でも、1両でグロリアーナを相手にしたのは事実なんですよね?」
まほ「一応な、でも結局火力と装甲に頼った戦い方だったし、あまり自慢するような話じゃない」
エリカ「詳しく聞かせて頂いても?」
まほ「気は進まないが…お前だけだからまあいいか」
まほ「私が普段乗ってるあのティーガーで試合に出たのはそれが初めてだった」
まほ「今思えば、私にとっては運命の出会いだったのかもしれないな、もっとも私は今でもパンターの方が好みだが」
8 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:45:01.63 ID:Ob5Kw8LLo
~黒森峰女学園~
--2年前--
隊長「傾注!本日の訓練ご苦労だった、一年生諸君に朗報があるぞ、聖グロリアーナとの練習試合が決まった、日時はちょうど2週間後だ」
隊長「一年生を中心に編成し実力を見極めることになる、心の準備をしておけ」
隊長「敵は巡航戦車を中心に編成された機動力の高い強敵だ、咄嗟の判断力を鍛えるため編成は公開されない、こちらも同じ方針で行くが……詳しい編成などは追って伝える、以上だ」
「Weggetreten !」(解散!)
生徒「グロリアーナかぁ…勝てるかな」
生徒「私たち一年生にはチャンスだよ、試合に出られたらの話だけど」
まほ(機動力重視…か、私の出番はなさそうだ)
生徒「お疲れ様西住さん」
まほ「ああ、お疲れ様」
まほ(私も帰るか……あれ?帽子がない、車内に忘れたか?)
9 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:46:47.59 ID:Ob5Kw8LLo
~格納庫~
まほ「早めに戻らないとな…見つかると面倒だ」
まほ(ん…?)
まほ「これは…ティーガー…?」
まほ(凄いな、新品同様じゃないか、角型の防盾、色気のあるダークイエローに8.8cm……間違いなさそうだ)
まほ(212…?待てよ、確かどこかで…)
「おい!そこで何してる!」
まほ「っ…まずい」
隊長「……西住か?」
まほ「お疲れ様です、隊長」カンッ
隊長「珍しいな、まだ残ってたのか、一体何の用だ?」
まほ「忘れ物を」
隊長「じゃあ何故ここで突っ立ってた」
まほ「いえ、その……」チラ
隊長「…ああ、こいつが気になるのか?」
10 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:47:30.43 ID:Ob5Kw8LLo
まほ「新しく導入された戦車ですか?」
隊長「ああ、貴重なⅥ号戦車だ、詳しい事は知らないが、なんでも欧州のどこかから引き取ってレストアしたらしい」
まほ「ますます重戦車への偏重が進みますね」
隊長「言うじゃないか、実際、今回の練習試合はそれを危惧しての事もある、結局無駄に終わるかもしれないが」
隊長「…乗ってみるか?」
まほ「いえ、私はすぐに帰りますので」
隊長「そうじゃない、こいつで試合に出てみるかと言ってるんだ」
まほ「は?いえ、しかし……よろしいのですか?一年生にこんな貴重な車両を」
隊長「名家出身のスーパールーキーをいつまでも突撃砲に乗せておくほど私はバカじゃないぞ」
11 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:48:41.85 ID:Ob5Kw8LLo
隊長「日ごろの練習を見るにその資格は十分ある、反対するやつもいないだろう」
まほ「…ありがとうございます」
隊長「決まりだな、君のチームにも伝えておいてくれ、足りない乗員はこっちで確保しよう」
隊長「試合までには88に慣れておけよ、期待してる」
まほ「了解しました、全力を尽くします……本当に無駄に終わりそうですね」
隊長「はっ、違いない」
12 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/18(月) 10:49:48.86 ID:Ob5Kw8LLo
まほ「そうして、私はあのティーガーに乗って試合に出ることになった」
エリカ「最初はⅢ突に?」
まほ「G型だったな、悪い車両じゃないがやっぱり砲塔が回るほうがいい」
まほ「肝心の試合だが、序盤は最悪だった、相手の土俵で勝負するのだから仕方ないかもしれないが、クロムウェルを中心とした部隊に機動力で完全に圧倒された」
まほ「ガタガタになった黒森峰は一時後退して故障した車両の応急修理と残った戦力の再編をすることになった」
エリカ「でも、後退する余裕はありませんよね?巡航戦車相手ならとても……」
まほ「ああ、そこでティーガーの出番だ、私たちは一両でグロリアーナを相手にすることになった」
17 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:22:50.20 ID:vP1jLhpso
VOOOOM!
まほ「よし、生垣に車体を隠せ、ここなら見通しもいい、エンジンも切っておけ」
装填手「連中まだやってきませんね、お茶でも飲んでるんでしょうか」
まほ「そのうち来るさ、向こうも待ち伏せを警戒して迂闊に進めないのかもしれない」
通信手「こっちをナメてるだけかも」
砲手「有り得ない話じゃないな、あいつらいつも上から目線で鼻に付くんだ、『お嬢様』はどう思います?」
まほ「その呼び方はやめろと言ってるだろう」
砲手「どうして、本当のことだろ?」
まほ「それでもダメだ」
砲手「了解、車長殿」
18 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:23:55.26 ID:vP1jLhpso
操縦手「でもなんでこんな小さな村に陣取ったの?ちょっと進めば大平原、起伏はあるにしても見通しが良すぎる」
まほ「だからこそだ、ティーガーの装甲は確かに厚いが1度に何両も相手できるほどじゃない、囲まれれば終わる」
まほ「こいつが得意なのは長距離砲撃だ、8.8の高い精度と質のいい照準器で敵の数を減らす」
砲手「距離が遠ければ貫徹力も落ちるが巡航戦車の装甲なら問題ない、逆にこっちは撃たれても安心ってわけ」
操縦手「回り込まれたら?」
まほ「周囲一帯は湿地だ、簡単にはいかないだろうが、いずれは横を突かれるな」
操縦手「なるほど、上手くいけば良いけど」
まほ「あくまで足止めが目的だ、時間を稼げば十分さ」
通信手「んー、ここがマジノ線ってことかな」
砲手「せめてジークフリートにしてくれ」
19 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:24:41.53 ID:vP1jLhpso
装填手「そうだ、コーヒー飲みます?今朝淹れたばかりなんです」
まほ「代用コーヒーじゃないだろうな」
装填手「ちゃんとコーヒー豆からですよ、ビスケットもどうぞ」
砲手「私のも頼む」
通信手「あ、私も私も!」
操縦手(呑気なもんね……)
まほ「…美味しい」ズズ
装填手「はは、それはよかった」
20 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:25:44.93 ID:vP1jLhpso
まほ(ん…?)モグモグ
まほ「……!来たぞ!準備しろ!」
通信手「もう!?まだ全部飲んでないのに!」
まほ「距離4000!」ゴクゴク
砲手「ようやくお客様のご来店か」
操縦手「ウェイトレスは足りないけど?」
まほ「無駄口たたくな!エンジン始動!」
21 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:27:51.11 ID:vP1jLhpso
操縦手「暖機運転よし!アイドリング正常!」
まほ「通行税の高さを教えてやろう、徹甲弾装填!」
砲手「敵は?」
まほ「砲塔11時!3両来るぞ、クロムウェル…おそらくMk.Ⅲだ、距離3000!」
まほ「左から順に照準!」
砲手「了解!」
砲手「綺麗な横隊だ……随分余裕そうに走ってるな、奴らもう勝ったつもりでいるらしい」
まほ「そのようだ、では教育してやるか」
22 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:28:51.69 ID:vP1jLhpso
まほ「距離2000!撃て!」
BRAM!
BUH-KOOM!!
クロムウェル「」シュパッ
まほ「1両撃破!次発装填急げ!」
装填手「装填完了!」SHCOM!
BAM! BAGOOOM!
まほ「2両目撃破!まだこちらに気づいていないようだ」
砲手「くそ、稜線の陰に隠れた!」
まほ「落ち着け、先に動くと不利だ」
23 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:29:35.37 ID:vP1jLhpso
まほ「敵の本隊が接近中、かなりの数だな、まだ増えるぞ」
操縦手「そろそろ後退?」
まほ「いや、まだここで踏みとどまる」
まほ「グロリアーナは別働隊を出したはずだ、あまり悠長にはやってられないが」
砲手「どれから狙えば良い?」
まほ「先頭のクルセイダー、距離2500!」
DOOM! BAGOM!!
まほ「よし、3両目だ!」
24 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:30:48.98 ID:vP1jLhpso
DOM! BAOM!
まほ「さすがに気づかれたか」
QUWAM!
通信手「ひぃっ!」
まほ「この距離なら大丈夫だ、安心しろ」
まほ「砲塔1時!さっきのクロムウェルだ」
QUiiiiii……
砲手「照準よし!」
まほ「Feuer!」
BRAM! DOOOMM!!
クロムウェル「」シュパッ
25 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:31:49.86 ID:vP1jLhpso
まほ「砲塔1時クルセイダー、距離2000!撃て!」
BAKOM! BTHOOOM!
砲手「よーし、やった!」
まほ(妙だな、いくらなんでもこんな馬鹿正直に突っ込んでくるか…?)
まほ「ん……?」
まほ(…っ!あれは…!?)
砲手「車長!まずいのがいるぞ!」
まほ「わかっている!」
ZUVO! BAOM!
まほ「くそ!ファイアフライだ!」
26 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:32:35.67 ID:vP1jLhpso
まほ「スモーク散布!村の中まで後退するぞ!」
POMPOM!
まほ「操縦手!全速!」
操縦手「Jawohl!」
VUOOOOOMM!
まほ「一本道でもう一度迎え撃つ、瓦礫で車体を隠せ」
装填手「ここまで入ってくるでしょうか」
まほ「向こうも急いでるだろうからな、通信手!本隊の状況は?」
通信手「あと30分はかかるって!」
まほ「急がせろ!5分でも長過ぎる!」
27 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:33:37.85 ID:vP1jLhpso
VOOOOOM!
まほ「来たぞ!撃て!」
DOM! BAKOOOM!
まほ「一両やった!次!」
砲手「数が多過ぎる!」
まほ「前方に3両!右に照準!撃て!」
DOOOOM!
クロムウェル「」シュパッ
28 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:34:30.59 ID:vP1jLhpso
まほ「増えてきたな、反転しろ、路地へ逃げ込め!」
VUOOOOOMM! ZUVO! DOM!
操縦手「その後はどうするの?」
まほ「今考えてる」
操縦手「頼もしいわね」
まほ「うるさいな……」
29 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:35:43.42 ID:vP1jLhpso
まほ「Halt!Halt!」(停止!)
操縦手「…見失ってくれたかしら」
通信手「だといいけどね」
まほ(もう少し粘れると思ったが、まさかファイアフライがいるとはな…)
まほ(どうするか…クロムウェルだけならまだしもコメットも数両見えた、飛び込むにはリスクが高い)
まほ(6ポンドだって絶対に貫通しないわけじゃない、この状況で正面からは…)
装填手「大丈夫ですか?」
まほ「……あぁ」
装填手「そうは見えませんけど」
まほ「焦ってるように見えるか?」
装填手「見えますよ、今までで一番怖い顔してます」
30 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:36:31.80 ID:vP1jLhpso
砲手「大事な試合で緊張するのは分かるけどしっかりしてくれ」
まほ「お前に言われなくても…」
操縦手「らしくないわね、常に冷静、冷徹、冷血ってイメージだけど」
まほ「サイボーグじゃないんだぞ」
砲手「なんにせよ、お前がいないと私達は戦争が出来ないんだ」
まほ「…ああ、お前には私の守護天使になってもらう」
砲手「喜んで」
まほ「ふー…よし、中速前進、側面から飛び込む」
操縦手「了解」
装填手「危険過ぎるのでは?」
まほ「リスクを恐れていては結果は得られない」
装填手「『計算されたリスク』ってやつですか」
まほ「ジョージ・パットンか、良い言葉だな」
砲手「らしくなってきたじゃないか、温室育ちは困るね」
まほ「お前は少し黙ってろ」
31 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:39:33.51 ID:vP1jLhpso
VRROOOOOOMM!!
まほ「増速!Los!Los!」
操縦手「敵の車列!」
まほ「最後尾にぶつけろ!増速!」
操縦手「つかまってて!」
CRASH!!
32 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:40:07.30 ID:vP1jLhpso
聖グロ車長「うわわ!倒れるぞ!」
聖グロ生徒「くそ!ジャガイモ野郎め!」
まほ「コメットに照準!撃て!」
BRAM!!
コメット「」シュパッ
まほ「次!右だ!」
装填手「装填完了!」SHCOM!
まほ「撃て!」
BAM!
クロムウェル「」シュパッ
DOM! QUWAM! ZUVO!
まほ「どうした撃ち返せ!」
砲手「無理だ!今ので照準器がダメになった!」
まほ「ちっ、零距離!右6度修正!」
33 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:41:15.25 ID:vP1jLhpso
まほ「Feuer!」
BUH-KOOOOM!!
まほ「上出来だ!逃げるぞ!」
VUOOOOM!
聖グロ車長「なんって奴らなの!」
聖グロ生徒「さっきからあれ一両にやられてます!」
聖グロ車長「ダージリンは!?」
聖グロ通信手「今到着したそうです!」
35 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:43:31.68 ID:vP1jLhpso
VORRRRRR……
砲手「どうするんだ?まともに照準もできないんじゃ限界がある」
まほ「機を見て再度突入する」
砲手「照準器が壊れたって聞こえなかったか?」
まほ「敵を混乱させ続けるほうが重要だ、接射なら狙う必要もないだろう」
操縦手「撃って逃げての繰り返しか、いいの?」
まほ「勝算もないのに正面から出て行っておしまいか?」
操縦手「ってことはまだ勝算はある?」
まほ「多分な」
GAM! QRRRRR
通信手「な、なに!?」
操縦手「動かない!履帯が逝ったかも!」
まほ「……転輪ごと外れてる、こんな時に!」
36 : ◆qedcB6PeDz8R [saga]:2013/11/23(土) 19:44:22.99 ID:vP1jLhpso
操縦手「無茶し過ぎたわね、こいつのサスペンションは余裕がないし」
砲手「これでも勝算はあるって?」
まほ「さっき黙れと言ったな!命令はまだ有効だ!」
砲手「はいはい」
装填手「リカバリーの時間なんてありませんし、このままでは……」
VORRRRRR―――……
まほ「……!前方敵戦車!早く乗れ!」
砲手「なんだ?見慣れないな」
操縦手「あの戦車…チャーチルとは違うみたいだけど…」
まほ「ブラックプリンスだ、後続にチャーチルもいる、まずいな…」
37 : ◆qedcB6PeDz8R [saga]:2013/11/23(土) 19:45:19.85 ID:vP1jLhpso
~ブラックプリンス車内~
ダージリン「前方に敵車両、例のタイガーね」
ダージリン(あら、履帯が…?)
操縦手「接近しますか?」
ダージリン「そうね……APDS装填!」
DOM! KAM!
装填手「撃ってきましたね」
アッサム「発砲許可を!」
ダージリン「待ちなさい、あの砲ではこちらの正面装甲は貫けないわ」
38 : ◆qedcB6PeDz8R [saga]:2013/11/23(土) 19:47:16.15 ID:vP1jLhpso
BAM! QUWAM!
まほ「…ダメか」
砲手「クソ!あのタンニン中毒共!練習試合だってわかってるのか!?」
操縦手「次に期待ね」
砲手「次があってたまるか!」
通信手「ティーガーで暴れてる私たちも大概じゃないかな……」
装填手「なんで向こうは撃ってこないんでしょう?」
まほ「わからないな、砲弾を積み忘れたか」
操縦手「正々堂々が登録商標らしいわよ、ホントかどうか知らないけど」
BRAM! GUM!
砲手「埒が明かない!」
まほ「装填手!硬芯徹甲弾装填!」
装填手「了解!」KOM!
砲手「そんなもの積んでたのか、貫けるのか?」
まほ「カタログスペックではギリギリな、まぁ賭けだ」
砲手「不利なオッズだと思うけど…」
まほ「配当は大きいぞ」
VORRRRRR……
砲手「なんだ…?停止したぞ」
操縦手「車長が出てきた」
まほ「一体なんのつもりだか……砲手、いつでも撃てるようにしておけ」ガコン
砲手「jawohl!」
39 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:48:11.64 ID:vP1jLhpso
ダージリン「あなたが車長ね?」
まほ「…なにか?」
ダージリン「そちらは身動きが出来ない上、こちらの装甲を貫けるほどの火力が無いとお見受けしましたが」
まほ「どうかな」
まほ(この距離なら……いけるか)
ダージリン「我々は騎士道精神を重んじていますの、降伏をお勧めするわ」
まほ「……」
まほ「左3度修正、俯角2度」ボソボソ
ダージリン「…お返事は?」
まほ「…高射砲でも撃ち抜けない戦車を用意するのはどうかと思うが」
Quiii……
砲手「照準完了」
ダージリン「あら、こんな言葉をご存知かしら?『All is fair in love and war.』愛と戦争には――――」
まほ「Feuer!!」
BAGOOOOOMM!!
40 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:48:56.14 ID:vP1jLhpso
ダージリン「え…?」
まほ(どうだ…!)
ブラックプリンス「」シュパッ
砲手「やった!間抜けで助かった!」
通信手「ちょ、ちょっと卑怯じゃない?」
操縦手「あんなもの持ってくるほうが汚いわよ」
ダージリン「そ、そんな……」
まほ「まだ終わってないぞ!」
41 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:49:35.15 ID:vP1jLhpso
まほ「砲塔7時ファイアフライ!旋回急げ!」
操縦手「奴らご丁寧に待機してたみたいね」
砲手「ダメだ!間に合わない!」
BAM! DOOOOMM!!
ティーガー「」シュパッ
42 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:51:05.31 ID:vP1jLhpso
まほ「ゲホッゲホッ…ああっ、くそっ……全員生きてるな」
砲手「あー、返事は後でな……」
通信手「頭ぶつけた…」
操縦手「見事にやられたわね」
まほ「12号車より1号車へ、聞こえるか?」
黒森峰生徒『こちら1号車、どうぞ』
まほ「すまないが撃破された、そちらの状況は?」
黒森峰生徒『たったいま全て終わったところです』
まほ「よかった、では後は任せる、幸運を」
黒森峰生徒『はい、お疲れ様でした』
まほ「とりあえず義務は果たしたか……」
装填手「これだけやれば上出来だと思いますよ」
まほ「そう思いたいな、みんなよくやった、降りて破損箇所を調べておこう」
43 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:52:22.10 ID:vP1jLhpso
まほ「よっ…と」ストン
砲手「血が出てるぞ、大丈夫か?」
まほ「ああ…小石か何か跳ねたんだろう、着弾の衝撃で頭が少しふらつくが問題ない」
砲手「いつまでも頭を出してるからだ、消毒くらいはしておいたほうがいいんじゃないか」
まほ「嬉しいな、お前が私を心配してくれるとは」
砲手「お嬢様のお顔に傷がつけば誰だって心配しますよ」
まほ「馬鹿言え」
操縦手「あ~あ、こりゃひどいわね、エンジンに直撃してる」
通信手「整備の人たちから文句言われるよ」
砲手「手伝う羽目になりそうだな…めんどくさい」
まほ「自分の車両くらい自分たちで整備できたほうが都合がいいさ」
44 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:53:28.56 ID:vP1jLhpso
ダージリン「失礼、少しよろしいかしら」
アッサム「どうも」
まほ「あ…さっきの…」
砲手「相手にすると面倒くさそうだな、任せる」ポン
まほ「あ、おい!」
ダージリン「あら…あなたまさか西住流の?」
まほ「ええ、まあ…それが何か?」
ダージリン「いいえ、もっと正々堂々とした戦いをするものだと思っていたからちょっと意外で」
アッサム「こ、こら、やめなさいよ」
まほ「チャンスを最大限活用しただけだ、それに『一度抜いた剣は勝つか死ぬまでは棄てるな』と言うだろう、確かチャーチルの言葉だったと思うが」
ダージリン「こ、これは一本取られましたわね……まぁいいわ、実力は確かみたいだし」
ダージリン「貴女、紅茶は好きかしら?」
まほ「……?いや、どちらかといえばコーヒーのほうが」
ダージリン「なら丁度いいわ、あんな泥水はやめてこっちにしなさい」サッ
45 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:54:12.45 ID:vP1jLhpso
ダージリン「オススメの茶葉よ、お口に合えばいいけれど」
まほ「……どうも」
ダージリン「ミルクは先入れのほうが美味しいわよ、それじゃあ、また戦う日を楽しみにしてるわ」
まほ「ああ」
アッサム「ごめんなさいね、彼女も悪気はないんだけど…」
まほ「別に気にしてない」
46 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:55:09.66 ID:vP1jLhpso
砲手「どうだった?」
まほ「なんだかよくわからないが、茶葉をもらった」
砲手「茶葉?紅茶の?」
まほ「それも随分高そうなやつだ、ほら」
砲手「はは、確かにお嬢様にはコーヒーよりそっちの方が似合うな」
まほ「からかわないでくれ、大体紅茶の淹れかたなんて知らないぞ」
砲手「今から練習しておいたらどうだ、男にモテるかも」
まほ「冗談だろう……」
47 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:57:03.88 ID:vP1jLhpso
まほ「……それからすぐに本隊が到着してグロリアーナを奇襲する形になった」
まほ「ティーガーが暴れまわって混乱した状態だったから対処が遅れたんだろうな、向こうも一年生ばかりだったから無理もない」
エリカ「試合の結果は?」
まほ「なんとか勝ったよ、ティーガーはエンジンを撃ち抜かれておまけに無茶をやり過ぎて足回りもボロボロだった、延々と愚痴を聞かされながら修理を手伝ったのは良い思い出かな……」
エリカ「結構な泥仕合だったんですね…」
まほ「『期待してたのと違う』か?」
エリカ「へっ?え、ええ、まあ……」
まほ「ふっ、所詮そんなものだ」
48 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 19:57:51.41 ID:vP1jLhpso
まほ「いつも思うことだが、私はあまり指揮官には向かない性格なんだろうな」
エリカ「……そんなこと隊長が言ったら、私はどうなるんです」
まほ「お前のほうが素質はあるんじゃないか?もう少し落ち着けばの話だが」
エリカ「え?」
まほ「私は優秀な指揮官の下で戦ってるほうが好きだ、ある程度自由にやれるしな」
まほ「エリカは判断が早過ぎるんだ、悪いことじゃないがもう少し冷静になったほうがいいぞ」
エリカ「う…わかっているつもりなんですけどね……」
49 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 20:00:07.66 ID:vP1jLhpso
まほ「さ、はやく昼食をとって練習に戻ろう、いい時間だ」
エリカ「そういえば、午後からは試合形式の練習でしたよね?」
まほ「ああ、どうかしたか?」
エリカ「隊長のティーガーと一年生で試合するのはどうです?」
まほ「馬鹿言うな、そもそも乗員が足りないだろう」
エリカ「私が砲手やりますよ、あとは優秀な一年生を選んで隊長の実力を見せ付けてやりましょう」
まほ「見せ付けてどうなる、まったく……さっさと食べるぞ、ちょっと飲み物を買ってくる」ガタッ
エリカ「あ、待ってくださいよ!いいじゃないですか、たまには変則的なルールでも…」ガタン
まほ「役に立たないことを練習しても仕方ないだろう」
エリカ「一対多での戦闘のなんたるかを……」
まほ「私はヴィットマンじゃないんだ、無茶言うな」
その日の午後、8.8cmの砲声と一年生の悲鳴が晴天に鳴り響いた
完
50 : ◆N7DVv.HogQ [saga]:2013/11/23(土) 20:02:02.39 ID:vP1jLhpso
お付き合い頂いた方ありがとうございました、投稿をミスるうえにオチが弱いですが勘弁してください
カッコいいお姉ちゃんを書こうと思ったら随分男っぽくなったけど元々男前だからしょうがないね
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/11/23(土) 21:24:13.45 ID:yC6rrpRPo
おつ!
いい戦車道SSだった!
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/11/24(日) 09:40:24.72 ID:JjuYSl4uo
お疲れ様でした。

Entry ⇒ 2014.05.23 | Category ⇒ ガールズ&パンツァー SS | Comments (4) | Trackbacks (0) |
【ガルパン】華「釣り、ですか?」

1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 20:37:50.60 ID:2KUdMdmoo
華「はい、五十鈴でございます」
麻子『こんばんは、冷泉だ』
華「はい、こんばんは。麻子さんがお電話をくださるのは、珍しいですね」
麻『今、電話、大丈夫か?』
華「ええ、構いませんよ。何でしょう」
麻『釣りに行かないか?』
華「……は?」
麻『駄目か?』
華「釣り、ですか?」
麻『ああ』
華「釣り、って……それは、魚を釣る、釣りですか?」
麻『ほかに何を釣るんだ?』
華「……」
麻『どうした?』
華「いえ……何だか、唐突で……」
麻『……』
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 20:39:59.64 ID:2KUdMdmoo
華「わたくし、そういうものは、経験が一切ありませんけど」
麻『私は、やったことがある』
華「……」
麻『道具は私が持ってる』
華「そう……ですか」
麻『だが、一人分しかない、つまり、竿は1本しかないけどな』
華「……」
麻『駄目か? 駄目なら別に構わない』
華「……」
麻『夜分に失礼した。それじゃ』
華「……麻子さん、待ってください」
麻『何だ?』
華「誰かと……例えばチームの皆さんと、一緒ですか?」
麻『ほかには誰も誘ってない』
華「……」
麻『どうした?』
華「行くとすれば、どこへ行きますか?」
麻『53F地区にある大きな池はどうだろう』
華「53F地区……。ああ、あそこですか」
麻『……』
華「人が滅多に行かない、静かな、良い所ですね」
麻『辿り着くのが少々大変だが』
華「でも、途中にある林の中を、少し長めに歩くだけです」
麻『どうする? 行くか?』
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 20:42:11.31 ID:2KUdMdmoo
華「いつにしますか?」
麻『次の日曜日』
華「天気は……」
麻『我が艦はその日、まだ高気圧の勢力下にあるそうだ』
華「それなら、しばらく良いお天気が続きますね」
麻『一緒に行ってくれるか? 五十鈴さん』
華「ええ。是非、お供させてください」
麻『良かった』
華「想像したら、楽しくなってきました」
麻『断られるとばかり、思ってた』
華「たまには、アウトドアも素敵ですね。汚れてもいいような服で行きます」
麻『ただ、さっき言ったとおり、道具は一人分しかないが』
華「わたくしは、麻子さんが魚を釣るのを見ています」
麻『……』
華「もし飽きたら、周囲を散歩でもしています。問題ありません」
麻『行きと帰りに道具を少し持ってもらうが、それはいいか?』
華「もちろんです。分担しましょう」
麻『そうか』
華「何だかワクワクしてきました。お弁当でも作って、行きましょう」
麻『五十鈴さん』
華「はい」
麻『弁当なんて、作れるのか?』
華「……やっぱり、途中にあるコンビニで買っていきましょう」
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 20:44:54.77 ID:2KUdMdmoo
麻『それに……』
華「何でしょう」
麻『行くのは、午後にしないか?』
華「……ふふふ」
麻『何か可笑しいか?』
華「麻子さん。それは午前中、寝ていたいからですね?」
麻『……さっきは、一本取ったと思ってたが』
華「ふふ。取り返して、さしあげました」
麻『待ち合わせの時間と場所は、土曜日にまた、連絡を取り合って決めよう』
華「ええ。それまでにお互い、都合が変わることもあるでしょうから」
麻『それじゃ。夜分に失礼した』
華「いえ。誘ってくださって、ありがとうございます」
麻『礼を言うのは私の方だ。楽しみにしてる』
華「わたくしもです。それでは、おやすみなさい」
麻『おやすみなさい』
~~~~~~~~~~
華「……麻子さん」
麻「何だ?」
華「……来ましたよ」
麻「何がだ?」
華「今、浮きが動いています。あれは、いわゆる……」
麻「……」
華「引いている、という状態なのでは」
麻「いや、まだだ」
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 20:46:57.05 ID:2KUdMdmoo
華「え。でも……」
麻「餌の周りに魚が近寄ってるのは、間違いない」
華「……」
麻「だが、今はまだ、魚が餌を突付いてるだけだ」
華「……」
麻「本当に魚が食いついたら、浮きはぐっと沈み込むはず」
華「……あ……動きが、止まってしまいました」
麻「……逃げられたな。恐らく、警戒された」
華「……」
麻「竿を上げてみるか」
華「……」
麻「餌だけ取られて、魚は掛からない。多分、そうだ」ヒュッ
華「あ……そのとおりです」
麻「餌を付け直さないと」
華「麻子さん」
麻「何だ?」
華「麻子さんは、いろいろなことを知っていますね」
麻「釣りに関しては全部、死んだ父親の受け売りだ。……よっ、と」ポチャン
華「今度は掛かるといいですね」
麻「せっかく来たんだからな。1匹くらい釣りたい」
華「おとうさまは、釣りが御趣味だったのでしょうか」
麻「いや。趣味というほど、熱心じゃなかったと思う」
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 20:51:19.22 ID:2KUdMdmoo
華「でも、こんなに立派な道具を持っていらして……」
麻「私たちみたいに釣りに詳しくなくても、値段が高そうだと分かるものばかりだな」
華「ええ」
麻「竿、竿受け、針や浮きとかを入れる用具箱……」
華「わたくしが座らせていただいているこの折り畳み椅子も、すごく頑丈です」
麻「椅子は大小2脚あった」
華「これは、大人の男性用でしょうね」
麻「よく憶えてないが、父親がそれを使ってたと思う」
華「……」
麻「そして私の座ってるのが、私や母親の、家族用」
華「釣りへ一緒にいらした時、使ったのですね」
麻「こんな道具一式が、なぜ、うちにあったのか」
華「……」
麻「謎だ。理由が全く、分からない」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 20:53:04.63 ID:2KUdMdmoo
華「それは……形見として、麻子さんが引き取ったのではないでしょうか」
麻「全然、憶えてない」
華「……」
麻「形見分けなんて、やったのか、やってないのか」
華「……」
麻「それどころか、最近は……」
華「何でしょう」
麻「両親が死んだ前後にあった、出来事」
華「……」
麻「そのほとんどを、思い出せなくなってる気がする」
華「……」
麻「私は、記憶力がいいはずなのに」
華「……ごめんなさい。こんな話をさせて……」
麻「いや、いい。気にしないでほしい」
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 20:56:24.34 ID:2KUdMdmoo
華「……あ……」
麻「どうした?」
華「今、遠くで魚が跳ねました」
麻「魚がいるのは間違いないんだが」
華「なかなか、釣れませんね」
麻「まあ、まだ始めたばかりだ。果報は寝て待て」
華「そうですね。釣り糸を垂らして、すぐに魚が掛かってしまうのも変です」
麻「ところが、こんな考え方をする人は、釣りに向いてないそうだ」
華「そうなのですか?」
麻「気の短い人ほど、たくさん釣るといわれてる」
華「どうしてなのでしょう」
麻「釣れないとイライラして、すぐに釣る場所や仕掛け、つまり使ってる糸や針、餌とか」
華「……」
麻「それを次々と変えて工夫するから、ということらしい」
華「確かに、成果の上がらない方法をずっと続けているのは、愚の骨頂ですけど……」
麻「初心者の私たちは、次の一手を思いつかない」
華「やはり、しばらく様子見ですか」
麻「ああ」
華「でも……予想どおりの良いお天気です」
麻「……」
華「のんびりしていれば、よろしいのでは」
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 20:59:28.41 ID:2KUdMdmoo
麻「道具一式の中に傘がないのを、もっと早く気付くべきだった」
華「大丈夫です。麻子さんもわたくしも、帽子を被っていますから」
麻「五十鈴さんは、日傘を持ってくると思ったが」
華「この格好で日傘は、おかしいでしょう?」
麻「そんなミリタリー調の服を持ってたんだな。少し意外だ」
華「最近、買いました。自分がこういうものを選ぶとは思わなかったですけど」
麻「背が高い人は何を着ても似合うな」
華「わたくしの背なんて普通です。麻子さんこそ今日は、普段以上に可愛らしいですよ」
麻「部屋着同然の格好だ」
華「麻子さんの私服姿は、なかなか見る機会がないので貴重です」
麻「傘がないから、今日は陽に焼けるぞ。平気か? 五十鈴さん」
華「むしろ大歓迎です。積極的にそうしたいですわ。大体……」
麻「何だ?」
華「生白い、深窓の令嬢などという立場は、真っ平御免です」
麻「……」
華「家の者たちがわたくしに期待しているのは、そういう在り方ですけど」
麻「……」
華「いっそのこと、いつか全身日焼けして、髪を金色に染めてやろうかしら」
麻「それは……自重してくれるように、心の底からお願いする」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:03:03.20 ID:2KUdMdmoo
華「ところで、麻子さん」
麻「何だ?」
華「この学園艦には、どんな魚がいるのでしょう」
麻「私も同じ疑問を持ったから、調べてみた」
華「どうでした?」
麻「あまり興味深い結果じゃなかった」
華「……」
麻「陸でもありきたりの魚ばかりだ。鯉とか鮒とか」
華「……」
麻「だが実は、私たちが今やってるのは、その鯉や鮒が相手の釣りだ」
華「釣りにも、いろいろな種類があるのですね」
麻「結果的にだが、死んだ父親がやってたのは、この学園艦向きの釣り方だったな」
華「……」
麻「それに……魚がいるだけ、マシなのかもしれない」
華「そうですね。学園艦にある自然は、いうまでもなく全て人工的なものです」
麻「“自然”と呼ぶのが、憚られるくらいだ」
華「でも、植物や動物、生物の種類が、多ければ多いほど……」
麻「多様性が生まれて、本物の自然に近くなる」
華「鯉や、鮒……」
麻「どういう理由で、それが選ばれて、持ち込まれたのか」
華「いつか、わたくしが調べてみましょう」
麻「興味が湧いたか」
華「ええ。学園艦の生物相やその歴史なんて、今まで考えもしませんでした」
麻「資料が、図書館にあると思う」
華「文科省もそういう調査くらい、やっているでしょうね」
麻「艦が建造されて、もう何十年もたっているから……」
華「ここでは恐らく、独自の生態系ができているのでしょう」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:05:26.96 ID:2KUdMdmoo
麻「五十鈴さん」
華「はい」
麻「私たち、何をやってるんだろうな」
華「は……?」
麻「どうした?」
華「いえ……麻子さんが、何を言っているのか、ちょっと……」
麻「分かりにくかったか」
華「それは、今この場でわたくしたちが、ということですか?」
麻「ああ」
華「それなら、誘ってくださった麻子さん自身が、よく御存じだと思います」
麻「……釣りをしてることは、間違いないが……」
華「……」
麻「……」
華「……麻子さん」
麻「何だ?」
華「今日わたくしは、二つのことを麻子さんへ訊こうと思っていました」
麻「二つのこと」
華「はい」
麻「どんなことだ?」
華「一つは、どうして釣りをしようと思ったのか」
麻「……」
華「もう一つは、どうしてわたくしだけを、誘ったのか」
麻「……」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:09:14.66 ID:2KUdMdmoo
華「もちろん、無理に答えてくださらなくても、何の問題もありません」
麻「……それは……」
華「ひょっとしたら、答えたくないことかもしれませんから」
麻「……いや、私は……」
華「……」
麻「……分かった。話す」
華「後でゆっくり、うかがいます」スッ
麻「どうした? 立ち上がって」
華「ちょっとお手洗い」
麻「トイレなんか、ないぞ」
華「元より承知です。その辺りで済ませてきますので、少しの間、失礼」
麻子「……………………」
華「戻りました。外でするのって、気持ちいいですねえ」
麻「早かったな」
華「すぐ近くに、手頃な藪がありましたので」
麻「後で場所を教えてほしい。今日はそこをトイレにしよう」
華「はい。空を見ながらって、解放感がありますよ」
麻「五十鈴さんは名家で生まれ育ったお嬢様なのに、度胸があるな」
華「人が周囲にいる可能性がないのだから、怖気づく必要はありません」
麻「確かに、言うとおりだ」
華「わたくしは、いわゆるお嬢様かもしれませんけど……」
麻「そんなことは関係ない、か」
華「はい」
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:11:24.43 ID:2KUdMdmoo
麻「そのお嬢様の、五十鈴さんは……」
華「何でしょう」
麻「将来、どうするんだ?」
華「……将来の、お話ですか」
麻「ああ」
華「わたくしは、あの家で生まれ育ちました」
麻「……」
華「そして、兄弟姉妹がいません。一人っ子です」
麻「……」
華「その時点で、将来のことはもう決まっています」
麻「五十鈴流を継ぐんだな」
華「そのとおりです」
麻「しかし、さっき“深窓の令嬢など真っ平御免”と言ってたが」
華「ええ。確かに言いました」
麻「家を継ぐのは、嫌なのかと思ってた」
華「それが、そうでもありません」
麻「どういうことだ?」
華「わたくしは、もう、その生き方以外を考えられないのです」
麻「……」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:14:20.56 ID:2KUdMdmoo
華「例えば、わたくしの、この話し方」
麻「……」
華「小さな頃から躾けられて、今までずっと、この話し方をしてきました」
麻「五十鈴さんはその話し方が、同年代のほかの人とは違う、ということを……」
華「もちろん、分かっています」
麻「……」
華「奇異に思ったり、違和感を覚えたりして、意見してくださるかたがた」
麻「……」
華「そういうかたがたが、小さな頃は特に、たくさんいました」
麻「そうなのか」
華「ええ。でもこれは、もうわたくしにとっての標準なのです」
麻「今さら、変えられないか」
華「もしこれを変えるのなら、今までと同じ年月が必要でしょう」
麻「……」
華「生き方も、同じです」
麻「……」
華「家を継ぐのが当然。わたくし自身も、家の者たちもそう思って、ここまで来ました」
麻「それも、今さら変えられないか」
華「はい。もう、ほかの生き方など考えられないのです」
麻「……」
華「……麻子さんは?」
麻「……今度は、私が言う番だな」
華「はい」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:17:20.39 ID:2KUdMdmoo
麻「正直に言う。まだ、よく分からない」
華「……」
麻「すまない」
華「どうして、謝ったりするのでしょう」
麻「五十鈴さんが明確に答えてくれたのに、こう言うのは卑怯だから」
華「そんなことは、気になさらないでください」
麻「……」
華「今、決まっていなくても全く構わないと思います」
麻「……」
華「麻子さんの頭脳なら、これから、どんなことでも可能でしょう」
麻「……そう……なのかな」
華「今さら、何を言っているのですか?」
麻「……」
華「不動の学年主席。大洗女子学園始まって以来の秀才、いえ、天才が」
麻「実は……」
華「何でしょう」
麻「この仕事を選ぼうかと、何となく思ってるものは、ある」
華「それは?」
麻「弁護士」
華「素敵ではありませんか。資格取得の難度は、医師などと並んで最高峰らしいですけど」
麻「……」
華「麻子さんなら何の問題もないでしょう」
麻「……」
華「それで、なぜ弁護士を?」
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:19:46.87 ID:2KUdMdmoo
麻「今、家のことは、全部おばあが一人でやってる」
華「財産管理……それを引き継ぐ、ということですね」
麻「ああ。おばあは、もう長くない」
華「え。そのようなことは……」
麻「事実だ。今は、殺しても死なないくらいだが」
華「立ち入ったことをうかがいますけど、何かあったのでしょうか」
麻「年々、倒れてから、次に倒れるまでの間隔が、どんどん短くなってる」
華「……」
麻「逆に、倒れた後、回復するまでの時間は、どんどん長くなってるんだ」
華「……」
麻「医者からは、覚悟しておいた方がいい、と言われてる」
華「あんなにお元気なのに。信じられません」
麻「本人も薄々、気付いてると思う」
華「……」
麻「だが、ああいう性格だ。考えるよりも先に、いつも……」
華「お体の方が、先に動いてしまうのですね」
麻「体も、口もだ。もっと穏やかにしてくれてば、周りもヒヤヒヤしなくて済むんだが」
華「弁護士を選ぶ、理由は……」
麻「五十鈴さんが今、考えてるとおりだ。自分の身を、自分で守れるようにするためだ」
華「……」
麻「おばあが死んだら、私は完全に、一人ぼっちだからな」
華「……」
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:22:10.00 ID:2KUdMdmoo
麻「五十鈴さん」
華「はい」
麻「五十鈴さんは、一人っ子だ」
華「……は?」
麻「兄弟姉妹がいない」
華「ええ、そうですけど」
麻「だから、家を継ぐのは自分しかいない」
華「おっしゃるとおりです」
麻「姉妹とか兄弟がいれば、状況は変わったか?」
華「あの……麻子さん」
麻「……」
華「麻子さんは、いきなり、何を話し始めて……」
麻「……すまない。今のは、忘れてほしい」
華「……」
麻「……」
華「一人っ子、ですか」
麻「……」
華「我がチームでいえば、優花里さんもそうですね」
麻「……」
華「おねえさまや妹さんがいるのは、みほさんと沙織さんだけです」
麻「西住さん……」
華「みほさんのおねえさまは、凛々しいかたでしたね」
麻「……決勝……」
華「はい?」
麻「全国大会の、決勝……」
華「決勝? それが何か?」
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:24:31.80 ID:2KUdMdmoo
麻「あれは、ある意味……」
華「はい」
麻「やたらとスケールの大きな、姉妹ゲンカだった」
華「……その見方は、斬新ですね」
麻「そうじゃなかったか? Ⅳ号の私たちは、西住さん……西住妹の側についた」
華「……」
麻「そして相手のティーガーの人たちは、姉の方についた」
華「……」
麻「最後の、一騎討ち……あれは姉妹ゲンカの、いわば極致だ」
華「その解釈でいうと、わたくしたちは、みほさんへ加勢していたのですね」
麻「西住さんは、あの時、何を考えてたと思う……?」
華「さあ……。訊いたことはありませんし」
麻「“お姉ちゃんになんか、絶対に、負けない”……」
華「……」
麻「とでも……考えて、たんだろう……か……」
華「……!!」
麻「……どう、した……?」
華「麻子さん……!?」
麻「何……だ……?」
華「泣いて、いるんですか!?」
麻「……可笑しい……か……?」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:27:26.75 ID:2KUdMdmoo
華「麻子さん。一体、どうしたというんですか?」
麻「……」
華「突然、釣りに誘ってくださったり。突然、将来とか、一人っ子の話を始めたり」
麻「……」
華「そして突然、泣き出したり」
麻「……すま……ない……」
華「謝る必要など、ありません」
麻「……二つの……こと……」
華「何ですか?」
麻「五十鈴さんから……訊か……れた、二つのこと……」
華「……」
麻「ちゃんと……答えなくちゃ……ならない、な……」
華「そんなことは、後で結構です」
麻「……」
華「今はとにかく、泣きやんでください」
麻「……」
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:30:00.07 ID:2KUdMdmoo
華「……とりあえず、ほら。気分を変えて」
麻「何……だ?」
華「おやつを、来る途中に二人で買いました。食べましょう、ね?」
麻「私は……いら、ない……」
華「なぜ? 食べてしまわないと、帰り道で荷物になってしまいますよ?」
麻「五十鈴さん、は……よく食べる、な……」
華「まっ。何でしょう失礼な。まるでわたくしが、健啖家のようではありませんか」
麻「違う、のか……?」
華「確かに、ほんの少し、人より食べるかもしれませんけど」
麻「ほんの、少しでは、ないだろ……」
華「聞こえませんわ。では、いただきまーす」
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:36:07.19 ID:2KUdMdmoo
~~~~~~~~~~
華「まったく……びっくり、しました」
麻「すまない」
華「また謝って……今日は何回、そうするつもりですか? もう謝るのは禁止です」
麻「禁止、か……」
華「泣いているのなんて、初めて見ました。麻子さんって……」
麻「何だ?」
華「声をあげずに泣くのですね。涙だけ流して」
麻「自分でも、初めて知ったかもしれない」
華「そうなんですか?」
麻「私は今まで、泣いた記憶がほとんどない」
華「……でも……」
麻「五十鈴さんの言いたいことは想像がつく。両親が死んだ時、だろ?」
華「ええ……」
麻「さっき、私はこう言った」
華「……」
麻「両親が死んだ前後の出来事。そのほとんどを思い出せなくなってる、と」
華「……」
麻「本当は、自分でその理由を分かってる」
華「自分自身、で?」
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:38:02.82 ID:2KUdMdmoo
麻「ああ。私は、その記憶を消し去ってしまいたいんだ」
華「……」
麻「無意識にそう考えて、無意識に記憶を消去してる」
華「……」
麻「恐らく私は、涙が涸れるほど泣いた。だが、泣いた記憶を、自分で消してるんだ」
華「麻子さん」
麻「何だ?」
華「こんなお話は、もう、やめた方がよろしいのでは」
麻「なぜだ?」
華「こんな良いお天気の日に、お出かけをして、くつろいでいるのに……」
麻「……」
華「今、ここで、しなくてはならないお話ではないでしょう?」
麻「だが……これは、私が五十鈴さんを釣りに誘ったから、始まった話だ」
華「……」
麻「それに、私はまだ、質問に答えてない」
華「……わたくしが先ほど、訊いたことですね」
麻「まず、“どうして、釣りをしようと思ったのか”」
華「……分かりました」
麻「……」
華「うかがいましょう、その答えを」
麻「五十鈴さんから訊かれた二つのこと、その一つめ」
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:40:24.95 ID:2KUdMdmoo
華「釣りの道具をおうちで見付けたから、ということは聞きました」
麻「ああ。ここへ来るまでの間に、話したとおりだ」
華「でも、見付けたからといって……」
麻「実際に釣りをしようと、考えるとは限らない」
華「ええ」
麻「大体、私は釣りなんて、ほとんど興味がない」
華「興味があれば今までも、やっているはずです」
麻「だが私は今回、道具一式を見付けて、久々に釣りをしたくなった」
華「どうしてなのでしょうか」
麻「私は、父親を思い出したんだ」
華「……」
麻「父親が使ってた、道具を見た時……」
華「おとうさまと、釣りをしたこと。それを思い出したのですね」
麻「ああ。父親と過ごした、あの時間」
華「……」
麻「あの空気」
華「……」
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:42:12.47 ID:2KUdMdmoo
麻「何か特別なものがあるわけじゃない。ただ、二人で、並んで座ってるだけ」
華「ただ、釣りをしてるだけ……」
麻「ただ、二人で、浮きを眺めてるだけ」
華「それが、懐かしかった……と?」
麻「そのとおりだ。私は、無性に懐かしかった」
華「……」
麻「ただ、二人で、並んで座ってる」
華「……」
麻「たまに、どうでもいいような話をする」
華「そういう時間、そういう空気……」
麻「それが、たまらなく、懐かしくなった」
華「……」
麻「大好きな人と、一緒にいる時間」
華「……」
麻「大好きな人に、守られてる、空気」
華「それを……思い出したのですね」
麻「……そう、だ……」
華「あ……泣かないでください、麻子さん」
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:45:38.99 ID:2KUdMdmoo
麻「すま……ない……」
華「いいんです。わたくしが、泣かせてしまいました」
麻「また……謝ってしまっ……た。禁止、されてた、のに……」
華「いえ。今のは、わたくしが……」
麻「……道具を、見付けて……すぐに……五十鈴さんへ、電話を、した」
華「メールではなく、電話でしたね」
麻「ああ……早く、返事が……聞きたかった」
華「……」
麻「……五十鈴さんが……訊いた、二つのこと」
華「……その二つめ、ですね」
麻「ああ……」
華「“どうして、わたくしだけを誘ったのか”」
麻「……」
華「どうして……わたくしだったのでしょう」
麻「……」
華「……やはり、答えたくないこと、なのですね」
麻「……笑わない、って……」
華「え?」
麻「笑わない、って……約束して、ほしい」
華「もちろんです。もちろん、笑ったりなどしませんよ、麻子さん」
麻「……その、理由は……」
華「はい」
麻「五十鈴さんが……」
華「……」
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:52:16.83 ID:2KUdMdmoo
麻「五十鈴さんが、お姉さんみたい、だったんだ」
華「……」
麻「私も、一人っ子だ……姉妹も兄弟もいない」
華「……」
麻「でも、お姉さんがいたら、こういう感じなのかな……って、思ったんだ」
華「でも……釣りとは」
麻「道具を見付けて、釣りをしようと思って……」
華「はい」
麻「真っ先に思い浮かんだのが、五十鈴さんを、誘うことだった」
華「……」
麻「……」
華「……と、いうことは……」
麻「……」
華「わたくしは……おとうさまの代わりですか?」
麻「……」
華「たとえわたくしが、その“お姉さん”だったとしても……」クス
麻「あ……」
華「ごめんなさい。笑って、しまいました。ふふふ」
麻「……笑わないって、約束、したのに……」
華「ごめんなさいね。ふふふ。だって、おかしいじゃありませんか」
麻「五十鈴さんなんて、嫌いだ……」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 21:55:43.60 ID:2KUdMdmoo
華「拗ねないでくださいな。だって、麻子さんの思い出と、まるっきり違いますよ?」
麻「……」
華「わたくしみたいな生白い、頼りない“お姉さん”が、おとうさまの代わりなんて」
麻「……」
華「それに、そもそも……」
麻「……何だ?」
華「今、釣りをしているのはわたくしではなく、麻子さんじゃありませんか」
麻「それは……確かに、そうなんだが」
華「わたくし、やっと、いろいろと合点がいきました」
麻「何をだ?」
華「例えば、先ほどの決勝のお話」
麻「……」
華「麻子さんは、みほさんが羨ましかったのですね?」
麻「……それは……」
華「あんなに凛々しい、見るからに頼れる、おねえさまがいる」
麻「……」
華「そのおねえさまと、戦車まで使って、思い切り姉妹ゲンカをしている」
麻「……」
華「ケンカするほど仲がいい、といいますものね」
麻「あれは、事情がもっと複雑だったはずだが……」
華「あら? あの試合を、単純な姉妹ゲンカに喩えたのは、誰だったでしょうか?」
麻「……」
華「“お姉ちゃんになんか、負けない”と思っていたのは……」
麻「……」
華「実は、麻子さんだったのでしょう?」
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:02:59.31 ID:2KUdMdmoo
麻「……一騎討ちの最中、はっきり、そう思ってたわけじゃない」
華「ええ。でも、いずれにせよ……」
麻「西住さんを、全力で応援する気持ちだったのは、間違いない」
華「試合に勝利する、という以上の思い入れがあったのですね」
麻「私は、どうしようもなく、西住さんが羨ましかった」
華「はい」
麻「私も、あんなふうにしてみたかった」
華「まさか、戦車で? ふふふ」
麻「……私は、真面目に話してるのに。もう五十鈴さんなんて、大嫌いだ」プイ
華「ごめんなさい、まぜ返したりして。ふふ。怒らないでくださいな」
麻「これ以上、茶化さないでほしい」
華「ええ、今度こそ約束します。それで?」
麻「……ケンカするくらい、本音を言い合える仲」
華「……」
麻「そういう姉妹や兄弟が、欲しかった」
華「……」
麻「沙織の家も、そうだった」
華「妹さんのことですね」
麻「ギャーギャー喚きながらの、取っ組み合いのケンカ……」
華「いかにも、沙織さんらしいです」
麻「他人の私がいる前でも、平気でやってた」
華「何となく、情景が想像できますね」
麻「小さい頃は、そんなもの、ただ呆れて眺めてるだけだった」
華「今は違う、と?」
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:06:05.23 ID:2KUdMdmoo
麻「両親が死んで、おばあも先が長くないと分かった」
華「……」
麻「それほど遠くない将来、私は必ず一人ぼっちになる」
華「……」
麻「せめて、姉妹や兄弟がいたら……と、思うようになった」
華「だから、みほさんや沙織さんを、羨ましく思う……」
麻「ああ」
華「将来のことや、一人っ子の話をしたのは、これが理由ですね」
麻「……私は、怖いんだ……」
華「何を、でしょう」
麻「私は、一人になりたくない」
華「……」
麻「おばあが死んだら、私は一人ぼっちになってしまう」
華「……」
麻「天涯孤独に、なってしまうんだ」
華「そんな……」
麻「確定した未来だ。誰にも否定できない」
華「……」
麻「私は、怖いんだ……。それが、すごく……」
華「……」
麻「せめて、姉妹や、兄弟がいたら……」
華「状況は変わった、かもしれない……?」
麻「ああ……」
華「……」
麻「……」
華「……分かりました」スッ
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:08:58.98 ID:2KUdMdmoo
麻「どうした?」
華「……麻子さん」ストン
麻「何をやってるんだ? 草の上に座ったりして」
華「先ほど麻子さんは、わたくしが“お姉さんみたい”と言いました」
麻「ああ」
華「だから、今だけわたくしが……」
麻「……」
華「麻子さんのお姉さんに、なってさしあげます」
麻「え……」
華「ね、そばへいらっしゃい?」
麻「……」
華「お尻の所が少しくらい汚れても、平気でしょう?」
麻「……ああ」スッ
華「駄目。やり直しです」
麻「……何がだ?」
華「“ああ”ではなく、もっと可愛らしい返事の仕方が、あるでしょう?」
麻「……う、うん……」
華「そうです。さ、隣へお座りなさい」
麻「……」ストン
華「もっと、そばに」
麻「……」
華「もっと、くっついて。……恥ずかしいのですか?」
麻「少し……」
華「妹は、姉の言うことを聞くものですよ?」
麻「うん……」
華「……やっと、ちゃんとくっついて、座れましたね」
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:11:15.27 ID:2KUdMdmoo
麻「五十鈴さん」
華「はい」
麻「こうしても、いいか……?」ギュッ
華「あらあら。この子は、抱きついてきてしまいました」
麻「今だけ。今だけで、いいんだ……」
華「ええ。好きなだけ、そうしていてくださいな」
麻「……ずっと……」
華「はい?」
麻「ずっと、こうしたかった……」
華「……」
麻「誰かに、そばにいてほしかった」
華「でも……麻子さんには、おばあさまが……」
麻「……おばあは、ああいう性格だ。孫を甘やかしたりしない」
華「……」
麻「それに……私自身も、こういう性格だ」
華「誰かに甘えたり、できないのですね」
麻「でも、本当は……こうしたいんだ」
華「……」
麻「ずっと、こうしたかったんだ」
華「……」
麻「……良い匂いがする。五十鈴さんの、髪……」
華「ん……くすぐったいです」
麻「チームのみんなには、内緒だぞ……?」
華「もちろん、分かっていますよ」
麻「誰も、こんなこと……してくれなかった。させてくれなかった」
華「……」
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:13:49.56 ID:2KUdMdmoo
麻「勉強ができることと、この性格のせいで、みんな私を遠巻きに眺めるだけ」
華「でも、麻子さんには……」
麻「何だ?」
華「沙織さんという大親友が、いるではありませんか」
麻「沙織と、あと何人かだけだ……私へ普通に、接してくれるのは」
華「……」
麻「勉強なんか、できなくてもいい」
華「……」
麻「“天才”なんて、呼ばれなくてもいいんだ」
華「ただ、誰かに、そばにいてほしい……」
麻「うん……」
華「……」
麻「私の願いは……それだけ、なんだ……」
華「……」
麻「……五十鈴さん……」
華「あ……変な所を、触らないでください」
麻「少しだけ……」
華「な、何を……」
麻「今だけで、いいんだ……」
華「い、いけません。……そういうのは、駄目です」
麻「私たち、女同士なんだから……」
華「女同士だから、そういうことはするものではありません」
麻「五十鈴さん、お願いだ……」
華「駄目なものは駄目です。大きな声を出しますよ?」
麻「そんなことをしても……ここには誰も来ない」
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:17:58.74 ID:2KUdMdmoo
華「……あ!」
麻「だから、大きい声を出したって、誰もここには来ないと……」
華「違います。麻子さん……!」
麻「何だ……?」
華「竿が、動いてます!」
麻「何だと?」
華「浮きが……見当たらない」
麻「掛かったのか、魚が」
華「あっ。竿が……」
麻「まずい、持っていかれる」
華「竿を、つかまえました! うわっ、引っ張られる……」
麻「放すな、五十鈴さん。両手で持て」
華「はい! で、でも、どうすればいいんでしょうわたくし」
麻「落ち着け。ゆっくり、竿を立てるんだ」スチャ
華「あ……魚を、こっちへ近づけて、その網ですくうんですね」
麻「そうだ」
華「や、やってみます……。魚が少し、大人しくなりました」
麻「岸へ近づけて……」
華「はい」
麻「……」バシャッ
華「……」
麻「ふう」
華「……やりました。釣れました! 釣れましたよ麻子さん!」
麻「そうだな」
華「すごい! 魚を釣りました! やっぱり麻子さんはすごいです!」
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:24:11.44 ID:2KUdMdmoo
麻「今、釣ったのは五十鈴さんだが」
華「でも、ずっと釣りをしてたのは麻子さんです」
麻「うん」
華「わたくしは、掛かった魚を釣り上げただけですよ」
麻「それじゃ、二人で釣ったということだな」
華「そうですね。すごい……わたくしが、釣りをしたなんて」
麻「……」
華「まだドキドキしてます」
麻「……意外と、小さかったな」
華「20センチくらいですね。これは、何という魚ですか?」
麻「鯉」
華「これが、鯉……」
麻「口の所にヒゲがある。これが目印だ」
華「実家の池にも、いましたけど……」
麻「……」
華「そういえば、特徴なんて、全く知りませんでした」
麻「……さ、放そう」
華「え?」
麻「まさか、持って帰れないだろ?」
華「それも、そうですね……」
麻「飼うことなんてできない」
華「食べるわけにも……いきませんものね」
麻「だから、元気なうちに、針を外して……」
華「おうちへ、いえ、池へ……」
麻「帰してあげよう」
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:27:10.23 ID:2KUdMdmoo
華「“キャッチ&リリース”……」
麻「そんな言葉、よく知ってるな」
華「どこで知ったのか、憶えていませんけど」
麻「針を外した。五十鈴さんが放してみるか?」
華「……うわ、ヌルヌルしてます」
麻「魚だからな」
華「この子は、まだ子供なのでしょうね」
麻「鯉は成長するとすごく大きくなる」
華「実家にいたのは、50センチくらいのばかりでした」
麻「そいつが泳げそうなら、持ってる手の力を緩めて……」
華「……この子が、自然に、泳ぎだして……」
麻「……」
華「……行って、しまいました」
麻「……あの魚には、ほんの少しだけ、遊んでもらった」
華「何となく、“バイバイ”って、手を振りたい……そんな気分です」
麻「よく考えてみれば、釣りは、妙な趣味だな」
華「人間って……おかしなことを、しますね」
麻「魚は、迷惑に思ってるのかもしれない」
華「さあ……。どうなのでしょう」
麻「手を……洗おう」
華「はい……」
麻「……」チャプ
華「……」パシャ
麻「……さっきは……」
華「……」
麻「さっきは、すまなかった」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:30:15.96 ID:2KUdMdmoo
華「……あれは、謝っていただいても、いいかもしれませんね」
麻「私は、どうかしてた」
華「もう、気になさらないでください。わたくしも忘れます」
麻「うん……」
華「ああいうことは将来、男性に、してさしあげてください」
麻「……」
華「もしくは、男性から、されてください」
麻「……」
華「……」
麻「……コイ……」
華「……鯉?」
麻「……」
華「鯉なら、もう放してしまいましたよ?」
麻「うん……そのコイで、思った……」
華「何でしょう」
麻「恋をして、恋人ができれば……」
華「あ、そのコイ……」
麻「恋人がいれば、私は一人じゃなくなる、のかな……」
華「……そう、ですね」
麻「……」
華「麻子さんなら、きっと、素敵な男性が現れますよ」
麻「そんな男なんて、いるのか?」
華「そんな、って?」
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:32:16.52 ID:2KUdMdmoo
麻「こんな、勉強しか取り柄のない、嫌味な女を……」
華「……」
麻「好きになってくれる男なんて、いるんだろうか」
華「でも、身も蓋もない言い方かもしれませんけど、人の好みはそれぞれです」
麻「……」
華「可愛いだけではなく、頭のいい女の子を好き、という男性もいるのでは」
麻「男、って……」
華「何でしょう」
麻「ちょっと間が抜けてるような女を、好きなんじゃないか? 沙織みたいな」
華「まっ。ひどいことを言いますねえ」
麻「だが、そんなあいつも、成果が全然上がってないようだが」
華「沙織さんが聞いたら怒りますよ」
麻「理屈っぽい女が好きな男なんて、想像できない」
華「でも、いろいろなお話をできる女性が、好みのかたもいると思います」
麻「そう言う五十鈴さんはどうなんだ?」
華「男性について、ですか?」
麻「うん」
華「それに関しても、先ほど申し上げたことと同じく、将来は決まっています」
麻「……」
華「わたくしは将来、必ず、結婚します」
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:35:52.32 ID:2KUdMdmoo
麻「“必ず、結婚する”?」
華「わたくしは、おむこさまを、とらされるのです」
麻「……」
華「自分で結婚相手を見付けられなかった場合、間違いなくそうなります」
麻「いずれにしても、結婚することになる……こういう意味か」
華「ええ。わたくしの役目は、五十鈴流の継承と発展ですから」
麻「……」
華「その役目を果たすため、わたくしは必ず結婚して、子供を産むでしょう」
麻「それについて、五十鈴さんがどう思ってるか、訊くまでもないな」
華「おっしゃるとおりです。これも、先ほどと同じ」
麻「……」
華「これしか、わたくしには考えられないのです」
麻「そうか」
華「人が思うほど、悪くはない生き方ですよ?」
麻「どういうことだ?」
華「恐らく多くのかたがたは、窮屈な未来だと考えるでしょうけど……」
麻「……」
華「わたくしの家では代々、女性が絶大な力を持っているのです」
麻「結婚相手を、尻に敷くのか」
華「はい。どのようなかたが、だんなさまになってくださろうとも」
麻「楽しそうだな、五十鈴さん」
華「ええ。わたくしは、だんなさまを思い切り尻に敷いて、こき使ってさしあげます」
麻「……」
華「そして、たくさん、甘えさせていただいて……」
麻「……」
華「たくさん、愛していただくのです」
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:37:42.16 ID:2KUdMdmoo
麻「五十鈴さんが、羨ましい」
華「麻子さん。また身も蓋もない言い方をしますけど、人の生き方など様々ですよ?」
麻「五十鈴さんには、確固としたものが既にある。それが、羨ましいんだ」
華「これも、繰り返しになりますけど……」
麻「うん」
華「今、何かが決まっていなくても、よろしいではありませんか」
麻「……」
華「いつか、理想の男性像が明確になって、実際にそういうかたを選ぶのでは」
麻「……私は……」
華「何でしょう」
麻「私は、男を選ぶ場合……」
華「はい」
麻「すごく年上の人を、好きになってしまいそうな気がする」
華「……」
麻「そんな人が私を、恋人や妻として、それから、娘として……」
華「……」
麻「迎えてくれたら、いいな……と思う」
華「……素敵な、お話ですね」
麻「そうか? こんなの、自分でもどうかと思うが……ファザコン丸出しだ」
華「どこにもおかしいことなど、ありませんよ?」
麻「……」
華「こんなに可愛らしくて、しかも賢い女の子」
麻「……」
華「そんな麻子さんに好かれる男性は、とても幸せです」
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/10(水) 22:39:33.30 ID:2KUdMdmoo
麻「……そろそろ、帰るか」
華「……そうですね。でも……」
麻「何だ?」
華「おやつを食べてからに、しませんか?」
麻「まだ食べるのか」
華「だって、残ってますから。荷物になってしまいますよ?」
麻「私がさっき、食べなかったからな」
華「そうですよ。帰り支度は、食べてからにしましょう」
麻「帰りも、長い距離を歩くし」
華「はい」
麻「腹が減っては何とやら、か」
華「ええ。普段の生活も、将来も……恋も」
麻「どこかで聞いたようなセリフだ」
華「真理は、誰が考えても、同じようなものへ行き着くのです」
麻「そうか……そうだな」
華「では、これ。麻子さんの分ですよ」
麻「こんなにいらない。半分、お姉さんが食べてほしい」
華「……まだ、それをやるのですか。もうわたくしは、少々恥ずかしいですけど」
麻「でも、今だけお姉さんになってくれるって、言った」
華「はいはい、分かりました。では、その半分、残しては駄目ですよ?」
麻「うん」
華「それでは、いただきまーす」
麻「いただきます」
終
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/10(水) 22:47:56.63 ID:fgbkfKONo
乙
珍しいCP(?)だと思ったら、話もSSでは珍しい内容だった。
なんかグッときた
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/10(水) 22:55:32.84 ID:dFRosR2Wo
乙
俺こういうの好きだわ
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/11(木) 00:48:00.70 ID:g4zlTNzs0
乙
やっぱり麻子が甘えるなら華さんかそど子だよなぁ。
お姉さんな華さんに甘える麻子はそこ代われw
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/12(金) 19:25:19.35 ID:1RkGTudqo
皆さん、レスありがとうございます。
登場人物たちが、淡々と会話してるだけのSS。
そういうのを書きたいなあ、と思って挑戦しました。しかし、やっぱりそれだけでは
物語にならず、この二人には泣いたり叫んだりをさせてしまいました。
投下してから読み返してみると、言葉におかしい所があるし、脱字もあるし、
話自体も楽しい雰囲気ではありません。でもガルパンSSはまだ種類が少ないので、
枯れ木も山の賑わいと思っていただければ嬉しく思います。
これを読んでくださったかたがた全員に、お礼を申し上げます。
ありがとうございました。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/12(金) 23:59:59.47 ID:CPqszz65o
乙。
マジ良作読ませていただきました

Entry ⇒ 2013.10.28 | Category ⇒ ガールズ&パンツァー SS | Comments (8) | Trackbacks (0) |
【ガルパン】みほ「もっと強く、抱いて」

1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 19:49:02.36 ID:u37htMRu0
・『ガールズ&パンツァー』で、シリアスものを書いてみました。
・エロ、百合要素一切無し。ギャグ要素ほとんど無し。
・非道徳的、反社会的な描写があります。ガルパンの雰囲気にそぐわないと思うかたは、このSSを無視していただいた方がいいかもです。
・オリキャラが、影がチラつく程度ですが登場します。名前が頻繁に出てきますので、苦手なかたは御注意ください。
・ガルパンSSは手軽に読める短編が多いですが、これは長いです。九つのパートから構成されています。
上記にありますがキャライメージが崩れる表現があるかもしれません。
閲覧される場合は自己責任でおねがいします。
【管理人】
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 19:51:58.54 ID:u37htMRu0
1
みほ「このお店、懐かしいね」
華「そんな……あの時から、まだ1年もたっていませんよ」
みほ「前に来たのは……」
華「みほさんとわたくしとで来たのは、沙織さんと一緒に生徒会へ乗り込んだ日です」
みほ「うん。あの後だった」
華「みほさんが今日選んだアイスは、あの時と同じですね」
みほ「あ、分かってた? そう言う華さんも、同じの頼んだよね」
華「何となく、です……」
みほ「あの日が何だか、すごく前みたいに感じる」
華「いろいろなことがありましたから」
みほ「あの日から、始まって……本当にいろいろなことがあったよね」
華「ここのアイスのおいしさは、何事もなかったみたいに変わっていませんけど」
みほ「華さん」
華「はい」
みほ「私たちは、変われたかな」
華「……」
みほ「私たち、あの全国大会を経験して……」
華「……」
みほ「ほんの少しでも、成長できたかのな」
華「みほさん……」
みほ「あ……今は、私が話をする時じゃないよね」
華「……」
みほ「華さんが、話があるって言うから、一緒にここへ来たのに。ごめんね」
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 19:57:50.39 ID:u37htMRu0
華「いえ……」
みほ「何なの? 話って」
華「……優花里さんのことです」
みほ「優花里さんの、こと……?」
華「はい」
みほ「どんなこと?」
華「臭いが、するんです」
みほ「臭い?」
華「ええ」
みほ「えーと……優花里さんから?」
華「はい」
みほ「どんな臭い?」
華「みほさん」
みほ「うん」
華「――驚かないで、くださいね」
みほ「――どうしたの? 急に小声になったりして」
華「――タバコです」
みほ「……」
華「……」
みほ「た、た……」
華「……みほさん?」
みほ「た、た……たったた」
華「落ち着いて」
みほ「たっ、タバコぉ!?」
華「しっ」
みほ「あ……ごめん」
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:00:28.34 ID:u37htMRu0
華「大丈夫ですか?」
みほ「――華さん」
華「――何でしょう。今度はみほさんが、声をひそめて」
みほ「――今、生徒が、このお店の中にいる?」
華「――待ってください。窓ガラスに映っているのは……」
みほ「――私から見える範囲には、誰も映ってない」
華「――それなら……いないようですね」
みほ「――……」
華「――こちらから見えるのは御婦人のグループだけ。自分たちの話に夢中です」
みほ「――それなら、私がさっき叫んじゃったのは、気付かれなかったね」
華「――わたくしが振り返って、目視で確認します」
みほ「――……」
華「大丈夫です。もう、普通に喋っても問題ありません」
みほ「うん……」
華「落ち着きましたか?」
みほ「……ごめん……驚かないで、って言う方が、無理」
華「そうですよね」
みほ「二人だけで話したい、って言うから……」
華「アイスクリームを食べながら、の話題ではなかったでしょうか」
みほ「ううん……それは別にいいんだけど……」
華「……」
みほ「何かの間違いでしょ?って訊いても、無駄だよね……」
華「ほぼ確実だと思います」
みほ「華さんが言うんだもの……香りや臭いに、敏感な」
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:03:54.01 ID:u37htMRu0
華「吸う人が実家に一人もいなかったので、わたくしはそんなものと、無縁で過ごしてきました」
みほ「うん」
華「でも、たまに実家へ来る親戚に、すごく吸う人がいました」
みほ「じゃあ、その人と同じ臭いがするってこと?」
華「はい。優花里さんは、その親戚ほどひどい臭いではありませんけど」
みほ「華さん以外、例えば私には、分からないくらいだものね」
華「……みほさん、どう思いますか?」
みほ「どう、って……。正直言って、私……」
華「……」
みほ「まだ混乱してて、よく分からない」
華「……」
みほ「相変わらず、何かの間違いでしょ、としか……考えられないよ」
華「もちろんわたくしも、自分が間違っていたらいいと思います」
みほ「このこと、沙織さんと麻子さんには?」
華「まだ話していません」
みほ「……」
華「まず、わたくしたちのリーダーであるみほさんへお伝えしようと思いました」
みほ「うん……私たちは友達だけど、戦車道だと……」
華「みほさんは車長であり、隊長ですから」
みほ「……そういえば」
華「何でしょう」
みほ「戦車道、っていえば……」
華「はい」
みほ「最近の優花里さん、今までと何だか違った」
華「どのようにでしょうか」
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:08:18.81 ID:u37htMRu0
みほ「口数が少なくなった。元気ないなぁ、それとも機嫌悪いのかな、って感じてた」
華「練習中、車内での様子に変わりはありませんけど……例の臭い以外は」
みほ「でも、動作が荒くなったよ」
華「そうなんですか?」
みほ「うん。そんなに勢いつけて装填する必要ないのに、って思ったことがある」
華「……」
みほ「まるで、自棄でやってるみたいだった」
華「……」
みほ「でも、それが無駄な動きになって、作戦行動に影響するほどじゃなかったから……」
華「本人へは、言わなかった……?」
みほ「うん」
華「わたくしも、気付いたことがあります」
みほ「どんなこと?」
華「以前は練習が終わったら、皆さんで一緒に下校していました」
みほ「うん。でも今は、先に帰っちゃったり……」
華「いつの間にか、挨拶もせずにいなくなってしまったり、ですね」
みほ「私も気付いてたけど、用事があって急いだりしてるのかな、って思ってた」
華「そうする理由をいちいち、訊いたりしませんし」
みほ「優花里さんが、そんなもの吸ってるって……どういうことなんだろ」
華「……」
みほ「どうしたらいいんだろ、私たち」
華「すごく、言いにくいのですが……」
みほ「何?」
華「最悪のケースも、あるのではないかと」
みほ「最悪のケース……?」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:11:11.02 ID:u37htMRu0
華「それは、優花里さんがグレてしまった、不良になってしまったというケースです」
みほ「そんな……友達が……」
華「……」
みほ「自分の友達が、そんなふうになっちゃうなんて……」
華「わたくしだって、そんなことは想像したくありません」
みほ「そんなの、本当に、もう……何て言ったらいいか分からないくらい、最悪だよ……」
華「……」
みほ「私たち、どうすればいいの……?」
華「みほさん」
みほ「うん」
華「本人に直接、わたくしが訊くつもりです」
みほ「えぇ? ほんと?」
華「本気です」
みほ「……」
華「わたくしなりに、知恵を絞ってみましたけど……」
みほ「うん」
華「今、とにかく大事なのは、これが露見しないことです」
みほ「このことを知ってるのは、多分……」
華「みほさんと、わたくしだけです」
みほ「沙織さんと麻子さんには……」
華「真相を確かめてからにしましょう。まだ事実だと決まったわけではありません」
みほ「これ以上、情報を広めちゃいけないんだね」
華「特に、風紀委員の皆さん。たとえ噂でも、耳に入ったら大変なことになります」
みほ「全国大会で、風紀委員のみんなとは、すごく仲良しになったけど……」
華「さすがにこれは、見逃してくれません」
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:14:59.60 ID:u37htMRu0
みほ「うん。所持品検査の標的にされたら危ない」
華「まさか学校にまで、それを持ってきているとは思いたくありませんけど……」
みほ「マークされたら、何かの機会にバレる、っていう可能性は高くなるね」
華「形跡が見付かってしまうだけでも、査問の対象になるでしょう」
みほ「風紀委員のみんなと、いくら仲良くなっても……」
華「それとこれとは話が別、ですね」
みほ「真実を確かめなくちゃ」
華「もし事実だったら、一刻も早く、やめてもらわなければなりません」
みほ「ね、華さん。私も行くよ。優花里さんと会う時」
華「いえ、それには及ばないかと」
みほ「え……? 私も、優花里さんと話をするよ」
華「みほさん、繰り返しになりますけど……」
みほ「うん」
華「まだ、優花里さんがそんなことをやっていると、決まってはいません」
みほ「……」
華「わたくしが、事実を確かめます」
みほ「……」
華「まだ、あまり大袈裟な動きをしない方がいいでしょう」
みほ「うん……」
華「みほさんは、普段どおりにしていてください」
みほ「分かった……」
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:18:09.40 ID:u37htMRu0
2
優花里「私に話なんて、珍しいですね。五十鈴殿」
華「お手間はとらせません」
優花里「しかも、こんな所に呼び出して」
華「人がいない場所を選びました」
優花里「格納庫の裏とは……」
華「穏やかじゃない、と思いますか?」
優花里「これから始まるのは、タイマンかカツアゲですか?」
華「……」
優花里「私、五十鈴殿に恨まれるようなこと、しましたっけ」
華「……」
優花里「それともまさか、告白ですか? 私、女ですよ?」
華「両極端ですね……。そのどちらでもありません」
優花里「分かってますけどね」
華「何ですか?」
優花里「私、分かってるんですよ」
華「何を、でしょう」
優花里「五十鈴殿の、用件」
華「……」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:21:18.58 ID:u37htMRu0
優花里「初めて会った時のこと、憶えてます?」
華「初めて、会った時?」
優花里「私たちの戦車道は、みんなで戦車を探すことから始まりました」
華「ああ、その時の……」
優花里「そして私たちは、38(t)を見付けた」
華「……」
優花里「そうできたのは、五十鈴殿のお陰でしたね」
華「……優花里さん」
優花里「すごい嗅覚を、お持ちです」
華「優花里さん、何の話をしているのですか?」
優花里「だから、五十鈴殿の用件を、分かってるって言ってるんですが」
華「……」
優花里「とぼけないでくれませんか」
華「……」
優花里「気付かれるとすれば、まず五十鈴殿だと思ってました」
華「ますます、言っていることが……」
優花里「だんだんイライラしてきました。はっきり、させましょう」
華「……」
優花里「五十鈴殿の、用件は……」ゴソ
華「あ……!」
優花里「これの、ことですよね?」
華「……」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:24:00.55 ID:u37htMRu0
優花里「ふん……。“やっぱり”って顔、してるじゃないですか。五十鈴殿」
華「……しまってください、それを。今すぐに」
優花里「五十鈴殿がそう言うのは、おかしいですねえ」
華「もし、誰かに見られたら……」
優花里「そうならないように、この場所を選んだはずですが」
華「いいから、早く……!」
優花里「こんなことくらいで、どうしてそんなに慌ててるんです?」
華「何を言ってるんですか? “こんなことくらい”では、済まないんです!」
優花里「……」シュボッ
華「!!」
優花里「……フーッ……」
華「……優花里さん」
優花里「何ですか?」
華「あなた、今、自分が何をしてるか、分かってますか?」
優花里「分かってますよ?」
華「……」
優花里「タバコを、吸ってるんです」
華「……」
優花里「五十鈴殿こそ、見て分かりませんか?」
華「あ、あなたは……」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:26:47.56 ID:u37htMRu0
優花里「五十鈴殿。大体、どう訊くつもりだったんです?」
華「……は?」
優花里「まさか私に、“タバコ吸ってますか?”って訊くつもりだったとか?」
華「……」
優花里「そんなふうに訊かれても、私が、さっきの五十鈴殿みたいに……」
華「……」
優花里「素ッとぼけて否定したら、それ以上どうしようもないのを、分かってますよね?」
華「それは……」
優花里「でも、五十鈴殿のことですからね」
華「……」
優花里「きっと、すごくうまい訊き方を、考えてきてたんでしょうけど」
華「……」
優花里「相手が絶対に白状してしまうような、誘導尋問みたいな訊き方を」
華「……もう、どうでもいいんです。そんなことは」
優花里「私は今、五十鈴殿へそんな手間を掛けさせずに、自分からバラしたんですよ?」
華「いい加減にしてください、優花里さん」
優花里「少しくらい、感謝してもらってもいいと思いますけどねえ」
華「優花里さん、あなたは……」
優花里「面白くないんですよ。いろいろと」
華「……何ですか?」
優花里「今、私の家、最悪なんです」
華「……」
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:31:25.81 ID:u37htMRu0
優花里「両親が、ケンカばかりして……もうずっと」
華「……」
優花里「私がいる前でも、些細なことで延々と言い争ったりして」
華「……それと、タバコにどういう関係が?」
優花里「もう、どうでもいいんですよ。私」
華「……」
優花里「うちの親が床屋をやってるの、知ってますよね」
華「ええ」
優花里「あまり、儲かってないみたいなんです」
華「……」
優花里「そのくらい、子供の私にだって分かります」
華「……」
優花里「両親の仲が悪いのは、それが原因。ほとんど間違いありません」
華「でも、そうだとしても、だからといって……」
優花里「私に居場所なんて、ないんですよ」
華「……」
優花里「学校が大して楽しいわけじゃない。家は、もっと居心地が悪い」
華「……」
優花里「面白くないんですよ。どこにいても」
華「……だから、そうだとしても……」
優花里「でも、御心配なく。戦車道は続けますよ?」
華「わたくしは、そのことだけを気にしているのではありません」
優花里「今、楽しいのは、戦車道をやってる時だけ」
華「……」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:33:53.71 ID:u37htMRu0
優花里「さて、もういいですか?」
華「まだ、お話は終わって……」
優花里「こっちにはこれ以上、話すことはありませんが?」
華「……」
優花里「じゃあ、私は行きますね」
華「……待ってください、優花里さん」
優花里「……何ですか?」
華「それをどうするつもりですか?」
優花里「ああ、これですか。こういう物を持ってまして」
華「……携帯用の、灰皿……」
優花里「まだ私も、その辺りに吸殻を捨てるほど、やさぐれてないんでしょうね」
華「……」
優花里「でも、いつそうなるか分かりません。ま、どうでもいいですけど」
華「……まるで、他人事みたいに……」
優花里「じゃ、これで」
華「……」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:37:19.02 ID:u37htMRu0
3
沙織「……」
麻子「……」
みほ「二人とも、ごめんね」
沙織「……」
麻子「……」
みほ「うちへ来て、なんて急に言って。それで、こんなこと話して……」
華「ショックだったでしょうね」
沙織「……何か、雰囲気がおかしいな、とは思ってたよ」
麻子「秋山さんを呼んでないのは、どうしてかと考えてたが……」
沙織「これが、その理由なんだね」
華「はい」
みほ「それから……」
沙織「うん」
みほ「もう一つ、謝らなくちゃいけないことがあるの」
沙織「何?」
華「これを、沙織さんと麻子さんに黙っていたことです」
麻子「それなら、気にしないでほしい」
沙織「うん。ちょっと水臭いかな、とは思うけど……」
麻子「こんな話だ。当然、知ってる人間は少なければ少ないほどいい」
沙織「それに、ゆかりんが本当にタバコ吸ってるかどうか、分からなかったんでしょ?」
華「ええ」
麻子「その段階で不用意に情報を拡散してしまうのは、あり得ない」
みほ「うん……。ごめんね、二人とも」
華「申し訳、ありませんでした……」
麻子「いいから。気にしないでほしい」
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:42:45.95 ID:u37htMRu0
沙織「ね、麻子」
麻子「何だ」
沙織「タバコって、吸ってるのバレたらどうなるの?」
麻子「少なくとも数週間の停学と自宅謹慎。最高で退学」
沙織「ええ!? 注意されるくらいじゃないの? そんなに厳しいの?」
麻子「今言ったのは、これまで実際にあった処分の例だ」
華「生徒がお酒とタバコに関わったら、待っているのは厳罰です」
沙織「どうしてそんなに厳しいの?」
麻子「学園艦では、酒とタバコに関しては全般的に厳しい。生徒に限ったことじゃない」
みほ「大人だって、買うのはすごく面倒なんだよね」
沙織「そっか……。確か、専用のカードが必要だっけ」
麻子「生体認証機能付きの購入許可証だな。本人以外は絶対に使えない」
華「それを手に入れるためには、審査を受けた上で、登録が必要です」
みほ「でも、カードを持ってる人に買わせる、ってのもできるけど……」
麻子「その横流しが発覚した事件が、昔あった。関係者は全員、退艦処分になったそうだ」
沙織「……もしも……もしも、だよ? 退学なんてことに、なっちゃったら……」
みほ「優花里さんの場合、家がここにあるから……」
華「御家族ごと、学園艦にいられなくなってしまうかもしれません」
麻子「“あの家は、子供が退学になったのに……”」
華「“どうして平気な顔で、ここに住んでいられるんだろう”」
沙織「……」
みほ「そう思う人がいても、おかしくないんだね」
麻子「退学は事実上、一家そろっての退艦処分といえる」
華「学園艦からの、追放です」
沙織「……ひどい……」
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:46:30.43 ID:u37htMRu0
麻子「沙織、それは逆だ」
沙織「逆、って?」
麻子「そのくらいのリスクがあることを、秋山さんはやってるんだ」
沙織「うん……そうだね……」
みほ「絶対、絶対に、やめさせないと」
麻子「じゃあ、どうするか。それを考えなくては」
沙織「でも、華の話だと、原因は親のことなんでしょ?」
みほ「家庭の事情ってことだね」
沙織「他人の私たちが、口挟んでいいのかな……」
みほ「私たち、御両親に1回だけ会ったよね」
麻子「秋山さんがサンダース大付属へ、偵察に行ってくれた時だな」
華「仲が良さそうな御両親と、お見受けしましたけど……」
みほ「信じられないよね」
沙織「大会は、ほとんど全部の試合、そろって観に来てくれたんじゃなかった?」
華「決勝では、泣いていらしたそうです。優花里さんが前に言っていました」
みほ「お母さんが?」
華「いえ、お父様が」
沙織「超優しい、お父さんだね……」
みほ「うん」
麻子「お母さんもだ。例の、みんなで家へ押し掛けてしまった時には……」
みほ「突然だったのに、歓迎してくれたよね」
沙織「どうしてこんなことに、なっちゃうんだろ……」
みほ「御両親のことが原因だと、私たちじゃ、どうにもならないかも」
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:50:35.97 ID:u37htMRu0
華「でも、みほさん」
みほ「何?」
華「確かに、御家庭の事情に立ち入るのは難しいかもしれません」
麻子「むしろそれは、やらない方がいいだろう」
華「ええ。ただの友人でしかないわたくしたちには、出過ぎた真似です」
麻子「だが、本人の行動について、諭すのはできる」
沙織「私たちは、ゆかりんのことだけを考えればいいんだね」
みほ「うん……私たちが優花里さんにできることを、考えなくちゃ」
沙織「今はとにかく、タバコをやめさせるのが最優先だよ」
華「わたくしが会った時の優花里さんは、取り付く島もないような雰囲気でした」
みほ「うん」
華「でも、説得に応じてくださる可能性はあると思います」
沙織「華、どうしてそう思う?」
華「彼女の態度は、目の前でタバコを吸ったり、とんでもないものでした」
みほ「……」
華「でも優花里さんは、おうちのことや自分の気持ちについて、素直に話してくれました」
麻子「完全には、自棄になっていないのか」
みほ「まだ、こっちの話を聞いてくれる余地は、残ってるかもしれないんだね」
華「わたくしが会った感触では、そう思います」
沙織「それなら、やるしかないね。タバコが誰かにバレる前に、一刻も早く」
華「ええ。……最後に、気になることも言っていましたし」
みほ「気になる、って?」
沙織「どんなこと言ったの?」
華「言葉をそのまま、憶えているわけではありませんけど……」
みほ「うん」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:55:17.81 ID:u37htMRu0
華「“まだそれほど、やさぐれてないんだろう。でも、いつそうなるか分からない”」
みほ「……」
麻子「……」
沙織「……何か、微妙な言い方だね」
みほ「……冷静だよね。自分のことなのに」
麻子「自分の現状を、冷静に把握してるのか。心は荒んでるはずだが」
沙織「ゆかりんって、ハッキリ言って“熱血戦車バカ”だけど、実は……」
麻子「その頭脳明晰さは、誰もが暗に認めてる」
華「ええ。彼女が持っている戦車や軍事関係の知識は膨大です」
沙織「それを、理路整然、っていうの? きちんと順序立てて喋るよね」
麻子「秋山さんは恐らく、チームの中で最も論理的な頭の持ち主だろう」
みほ「冷静なのは、その頭のよさが原因なのかな……」
麻子「だが本人が言うとおり、いつ状況が悪化しても、おかしくないのかもしれない」
華「放っておいたところで、事態が好転するとは思えません」
みほ「好転するきっかけを作るのは、私たちだね」
沙織「うん。今すぐ、ゆかりんと会う約束しようよ」
華「そうですね。次の練習までの間に、事態を解決すべきでしょう」
沙織「早く何とかしなくちゃ。こんなこと知った後で、普通に練習なんかできないよ」
麻子「チームワークに影響が出るのは、必然だ」
みほ「私がメールしようか?」
沙織「みぽりん」
みほ「何?」
沙織「でも、みぽりんはまだ、じっとしてて」
みほ「え? どうして?」
沙織「何でもかんでも、みぽりんに頼るなんてできないよ」
麻子「沙織の考えに賛成だ」
みほ「麻子さんも、どういうこと?」
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:57:05.90 ID:u37htMRu0
麻子「西住さん、これまでのことを憶えてるか?」
みほ「これまで、って……そんな漠然とした言い方されても」
麻子「ほとんど全ての局面で、それを打開したのは西住さんだった」
みほ「それは……そうできたのは、みんなと一緒だったから」
沙織「そんなの分かってるよ。でも、私たちが言いたいのは……」
麻子「西住さん無しでは、決してここまで、やってこられなかったということだ」
沙織「今回くらい、私たちに任せてくれない?」
みほ「でも、私だって、みんなを手伝えたら……」
麻子「もちろん私たちでは、どうにもならない可能性がある」
沙織「そうなったら、みぽりんにお願いするよ」
みほ「……」
麻子「まあ十中八九、西住さんに出番がまわってくる結果になると思うが」
みほ「そうなの?」
沙織「それは、いつものゆかりんを見てれば、分かるでしょ?」
麻子「秋山さんは、西住さんを尊敬してる」
沙織「私たちの言うことは、聞かなくても……」
麻子「西住さんの言うことなら、ほぼ間違いなく、聞くと思う」
みほ「そんな……私なんて……」
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 20:59:53.75 ID:u37htMRu0
華「わたくしも、二人と同じ意見です」
みほ「華さんまで。でも、もし、そうだったら……」
沙織「何?」
みほ「やっぱり私も一緒に行った方が、いいんじゃないかな……」
沙織「最初からみぽりんが出ていって、一気に決着をつけるってこと?」
みほ「うん」
麻子「確かに、戦力の逐次投入は天下の愚策といわれてる」
華「でもこの場合は、それに当てはまりませんね」
沙織「みぽりんは、切り札なんだよ」
麻子「私や沙織が、説得の下地を作る」
沙織「そして最後に、みぽりんというカードを切る」
みほ「……」
華「全員がどれだけ優花里さんを心配しているか、段階を踏むことで分からせるのです」
麻子「戦力の逐次投入じゃなくて、いってみれば波状攻撃だ」
沙織「それに、みぽりんに出てきてもらう前に、説得できちゃうかもしれないよ?」
麻子「可能性は低いけどな」
みほ「……」
華「今度は、わたくしたち3人で行きます」
麻子「西住さんは、もう少し辛抱していてほしい」
みほ「……分かった」
沙織「じゃ、私がメール送るね」
みほ「……」
沙織「ゆかりんのは……あ。あったあった」
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:05:58.14 ID:u37htMRu0
4
優花里「これは皆さん、おそろいで」
麻子「秋山さん。用件は分かってるな?」
優花里「ええ。今度こそ、この格納庫裏で私をボコボコにするんでしょう?」
沙織「何言ってるの……?」
優花里「違うんですか? 西住殿がいないのはそれが理由だと思ってましたが」
華「優花里さん。まだ、タバコを吸っていますか?」
優花里「ええ。それが何か?」
沙織「……」
麻子「単刀直入に、言う」
優花里「何ですか?」
麻子「それを、今すぐやめてほしい」
華「露見したらただでは済まないし、何より、自分の体には害しかありません」
沙織「何も良いことないの、分かってるでしょ?」
優花里「用件って、そんなことですか」
華「前にも言いました。“そんなこと”では済まないのです」
麻子「理解してるはずだ、秋山さん」
沙織「タバコなんて、やめてよ。お願い」
優花里「お断りします」
沙織「……!」
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:08:52.52 ID:u37htMRu0
麻子「秋山さん、なぜだ。理由を聞かせてほしい」
優花里「私は逆に、それ以前のことについて皆さんへ訊きたいですね」
華「それ以前のこと? 何でしょうか、それは」
優花里「どうして皆さんは、私にそんな命令をできるんですか?」
沙織「命令なんかじゃないよ。お願いしてるんだよ」
華「確かに、何をしようと個人の自由かもしれません」
麻子「でも、タバコは危険だ」
沙織「見付かったらどうなるか、知ってるでしょ?」
優花里「大きなお世話ですね」
沙織「なっ……」
麻子「バレたら間違いなく、家族へ影響が及ぶんだぞ?」
華「そんなリスクを冒してまで、することでしょうか」
優花里「……家族の話を、しないでください」
華「優花里さん、何がそんなに面白くないんですか?」
麻子「五十鈴さんから聞いたが、やはり、親のことなのか?」
優花里「……私は今、家族の話をしないで、と言いました」
沙織「親の仲が少し悪いからって、自分がタバコを吸っていいわけないでしょ?」
麻子「その二つは、無関係だ」
華「御両親だって、いつか仲直りするのでは」
優花里「聞こえませんか? 親の話をするな、って言ってるんです」
沙織「どうして? 大切なお父さんとお母さんのことでしょ?」
麻子「家族への迷惑を考えれば、タバコなんてすぐにやめられるはずだ」
華「それに、同じ家に住んでいれば、まず御両親に見付かってしまいます」
優花里「だから! 親の話をするな!って、言ってるでしょう!!」
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:11:51.59 ID:u37htMRu0
沙織「……」
麻子「……」
華「……優花里さんが、そんなに大きな声を出すなんて」
優花里「大きな声を出さなくちゃ、分からない人たちが、いるからですよ……!」
沙織「……何よ……もう!」
麻子「沙織?」
沙織「さっきから何言ってるのよ、ゆかりん! もう、わけ分かんない!」
優花里「ふん。分かってもらわなくても、いいですよ」
沙織「どうして、親の話がそんなに嫌なの!?」
優花里「だから、その話をするな、と言ってるんですが」
沙織「お父さんとお母さんが、大事じゃないの!?」
優花里「もう一度、大きな声を出さなくちゃいけませんか?」
沙織「大体、親のことで悩めるなんて、幸せだと思わないの!?」
優花里「……武部殿、何を言ってるんですか?」
沙織「麻子なんて、親はもういないんだよ!!」
優花里「……」
沙織「親のことで悩みたくたって、悩めないんだよ!!」
優花里「……」
華「――麻子さん」
麻子「――私なら、大丈夫だ。沙織を止める必要はない」
優花里「それは……確かに……」
沙織「何よ?」
優花里「冷泉殿の事情は、お察しします」
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:14:26.97 ID:u37htMRu0
沙織「そうでしょ?」
優花里「親がいないって事情が、あるんですよね」
沙織「やっと、分かってくれた?」
優花里「でも……」
沙織「何?」
優花里「私には、親がいる事情、ってのがあるんです」
麻子「!」
優花里「さっき武部殿は、こう言いましたよね」
沙織「な、何よ……」
優花里「私みたいに親のいる人は、“親のことで悩めて、幸せだ”って」
沙織「……」
優花里「私は逆に、こう思うんですが」
沙織「……」
優花里「親のいない人は、“親のことで悩む必要がなくて、幸せだ”って」
麻子「……」
沙織「……ひどい……何てこと、言うのよ……」
華「……優花里さん、ひど過ぎます」
優花里「そうですか? こんなの、当たり前のことじゃないですか」
沙織「当たり前……?」
優花里「親のいない事情ってのがある。一方で、親のいる事情ってのもある」
麻子「……」
優花里「両方とも、当たり前のことです。どっちが幸せか比べるなんて、意味ないですね」
沙織「……」
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:17:47.30 ID:u37htMRu0
麻子「……秋山さんの、言うとおりだ」
沙織「麻子!?」
麻子「行こう。沙織」
沙織「ちょ、ちょっと麻子!」
麻子「……」
沙織「いいの!? 何か言い返さなくて!?」
麻子「言い返すことなんて、ない」
沙織「どうして!?」
麻子「秋山さんの言ってることは、正しい」
沙織「あ……ちょっと待ってよ! もう行っちゃうの!? ねえ麻子!」
麻子「……秋山さん。わざわざ来てもらって、すまなかった」
優花里「いえ。さすが冷泉殿です。理解してもらえると思ってました」
麻子「……」
沙織「華……私、麻子に付いててあげるから……!」
華「分かりました……」
優花里「……」
華「……」
優花里「……二人とも、行っちゃいましたね」
華「……」
優花里「さて、私は一服しますか」
華「……優花里さん」
優花里「何ですか?」シュボッ
華「見損ないました……優花里さん!」
優花里「……フーッ……」
華「あんなことを、言うなんて!」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:20:39.76 ID:u37htMRu0
優花里「大きい声出さないでください。聞こえてますから」
華「ひど過ぎる、残酷過ぎるって、思わないんですか!?」
優花里「へーえ?」
華「何ですか、その態度は! 真剣に話してるんですよ!」
優花里「ふーん……じゃあ、言いますけど」
華「何ですか?」
優花里「私、間違ったこと、喋ってます?」
華「……どういうことですか?」
優花里「誰にだって事情がある。そんなの、当たり前じゃないですか」
華「……」
優花里「何かの事情を抱えてない人なんて、この世にいるんでしょうか」
華「……」
優花里「それに、ひどいとか残酷とか言うんだったら、それは私じゃないですけど?」
華「何を、言ってるのか……」
優花里「さっきの武部殿の方が、よっぽど残酷だったと思いませんか?」
華「……」
優花里「親のいる人は“親のことで悩めて、幸せだ”なんて言ってましたよ?」
華「それは……」
優花里「まるで、それに比べて、親のいない人は不幸せで、惨めで、可哀想で……」
華「……」
優花里「劣ってる存在、みたいじゃないですか」
華「……」
優花里「五十鈴殿も本当は、ひどい言い方だって思ってるんでしょう?」
華「わ、わたくしは……」
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:24:18.29 ID:u37htMRu0
優花里「よく、親のいない子や片親の子が、差別されたりいじめられたりしますよね」
華「……」
優花里「それは、あんな上から目線の考え方をする人が、たくさんいるからだと思います」
華「……」
優花里「五十鈴殿。これも私、間違ったこと言ってます?」
華「――それは……」
優花里「何ですか?」
華「――それは……確かに……」
優花里「何ですか? 聞こえませんよ?」
華「――確かに、あなたの言っていることは……」
優花里「まだ聞こえませんよ? ほら、さっきみたいに大声で喋ったらいいじゃないですか」
華「……」
優花里「どうして今、それが、できないんですかねーえ?」
華「確かに、優花里さんの言っていることは、正しいかもしれません」
優花里「ふっ。やっと理解してくれましたか」
華「でも、勘違いしないでください」
優花里「……勘違い?」
華「たとえ、その理屈を分かったとしても……親を失った悲しみ、心の傷……」
優花里「……」
華「そういうものが癒えるとは、全く思いません」
優花里「……」
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:27:17.71 ID:u37htMRu0
華「さっきの麻子さんを見たでしょう?」
優花里「この場にいるんだから、見てないはずありませんが」
華「あんな、消え入りそうなくらいに、弱々しく、傷ついた麻子さん……」
優花里「……」
華「あんな麻子さんを、見たことがありますか?」
優花里「……」
華「沙織さんの言葉についても、そうです」
優花里「どうだって言うんです?」
華「あの言い方は確かに、親のいないかたを、少し見下してしまっているでしょう」
優花里「“少し”とかじゃなくて“見下してる”ってのが問題じゃないですか」
華「あなたは、あの言葉の背後にあるものを全然分かっていない」
優花里「……何を言ってるんでしょう」
華「あれは沙織さんが、人を思いやって、気遣っているからこそ出てきた言葉です」
優花里「……」
華「あなたの理屈に、それがありますか?」
優花里「……」
華「人への思いやり、気遣いがありますか?」
優花里「……」
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:29:54.20 ID:u37htMRu0
華「優花里さん」
優花里「……何ですか?」
華「麻子さんに、謝ってください」
優花里「……」
華「ひどいことを言ったと、謝ってください」
優花里「……気が向いたら、そうしますよ」
華「!! なっ、何て……」
優花里「じゃ、もういいですか?」
華「……」
優花里「そういうことで」
華「優花里さん」
優花里「……まだ何か?」
華「一つ、訊きたいことが、あります」
優花里「何ですか? もったいぶって」
華「あなたは……」
優花里「早く言ってください」
華「タバコを、どうやって手に入れているんですか?」
優花里「……何を言うのかと思ったら」
華「答えてください、優花里さん」
優花里「……」
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:32:33.45 ID:u37htMRu0
華「この学園艦ではお酒とタバコに関して、ものすごく制限がかけられています」
優花里「……」
華「陸の人たちには、異常と思われているくらいです」
優花里「知ってますよ」
華「それなのにあなたは、どうやってタバコを手に入れているんですか?」
優花里「……」
華「答えてください」
優花里「……」
華「どうして、何も言わないんですか?」
優花里「……それは、ですね」
華「何でしょう」
優花里「答える必要が、ないからですよ」
華「……」
優花里「私は今、“答える必要がない”と、答えました」
華「……」
優花里「これで、何か訊かれたことへの返事には、なりますよね」
華「……答えられない。言えない。そうなんですね、優花里さん」
優花里「会話は成立したはずです。で、こちらにはもう、言うことは何もありません」
華「……」
優花里「今、これ以上話をする理由なんて、ないですよね?」
華「……」
優花里「じゃ、これで」
華「……」
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:37:28.23 ID:u37htMRu0
5
みほ「優花里さんは……思ってたより、状況が深刻みたいだね」
華「はい。率直に言って、そのとおりです」
沙織「まるで、違う人みたいだった……いつの間に、あんなになっちゃってたのよう」
麻子「もうボヤくな、沙織」
沙織「“最高だぜェ!”って叫んでた、明るい元気なゆかりんは、どこ行っちゃったのよう」
麻子「ボヤいたって何も解決しないぞ」
沙織「麻子、悔しくないの? あんなこと言われて」
麻子「前にも話したが、秋山さんの言ってたことは正しい」
沙織「そうかもしれないけど、でも……」
華「みほさん、申し訳ありません。わたくしたちではやはり無理でした」
沙織「ごめんねみぽりん。やっぱり、またみぽりんに頼っちゃうよ」
みほ「そんな、謝らないで。私にできることは何でもするから」
華「最後の頼みの綱は、みほさんです」
麻子「失敗が許されない役目を、担わせてしまうが……」
みほ「だけどここまでは、みんなで書いたシナリオと一緒だよね」
華「……それは、そのとおりなんですけど……」
沙織「……」
麻子「どうした、沙織」
沙織「……御飯が、おいしくない……」
みほ「え。そんなことないよ、おいしいよ」
華「沙織さんが作ってくださったんですから。いつもどおりにおいしいですよ」
沙織「ありがと……でもいいよ、みんな、無理しなくて」
麻子「食欲が湧くような気分じゃないと思うが、残さず食べろよ」
みほ「食べておかなくちゃ。どんな気持ちでいたって、お腹は空くんだから」
沙織「うん……分かってる」
華「それに残したりしたら、このお部屋のみほさんに御迷惑です」
みほ「そんなの、気にしなくていいけど……」
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:41:03.70 ID:u37htMRu0
沙織「麻子」
麻子「何だ」
沙織「あの時……どんなこと、考えてたの?」
麻子「……」
みほ「……珍しいね。麻子さんが黙っちゃうなんて」
沙織「言いたくないなら、別にいいけど」
華「あの後、沙織さんは麻子さんを送っていったのでは」
沙織「うん。でも麻子は、帰り道で一言も喋らなかったんだよ」
華「……」
麻子「分かった。話そう」
華「麻子さん、無理をしないでください」
麻子「大丈夫だ。……あの時、私は、理性と感情が全く別に動いてた」
沙織「……」
麻子「何度も言うが、秋山さんの論理は正しい」
華「……」
麻子「人にはそれぞれの事情がある。こんなのは当たり前のことだ」
沙織「だから、それは分かるけど……」
麻子「いいから、食べながら聞け」
みほ「あ、そうだね。じっと聞いてたら、御飯冷めちゃうよ」
華「麻子さんも食べながら、ゆっくり話してください」
麻子「ああ。……何らかの事情を抱えてない人間など、存在しないだろう」
みほ「……」
麻子「そして、その事情について優劣を比較するなど、全くもってナンセンスだ」
沙織「……」
麻子「“あいつに比べれば良い方だ”とか、“どうして自分だけがこんな目に”とか」
華「……」
麻子「秋山さんの言ってたことは、徹頭徹尾、正しかった」
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:43:45.35 ID:u37htMRu0
沙織「……ね、麻子」
麻子「何だ」
沙織「本当は、麻子が怒ってるのはゆかりんじゃなくて、私なの?」
麻子「どうしてそう思うんだ?」
沙織「だって……私はあの時、あんなこと言ったでしょ」
華「……」
沙織「あれは、麻子とほかの人とを、比べる言い方だったよね……」
みほ「……」
沙織「……みぽりんには話が見えないと思うから、説明するね」
みほ「うん」
沙織「私は、ゆかりんを説得する時に、こう言ったの」
みほ「……」
沙織「“麻子には親はもういないんだ。親のことで悩めるなんて幸せだ”って」
みほ「……」
麻子「気にするな、沙織」
沙織「だって……」
麻子「私は分かってる。沙織が私を、いつも気にかけてくれてるのを」
沙織「……」
麻子「その気持ちが、秋山さんを説得する時に、ああいう言い方になって出たんだと思う」
沙織「……」
華「沙織さん」
沙織「何?」
華「麻子さんを気遣っていなければ、そんな言葉すら、決して出てくるはずがないでしょう?」
沙織「……」
麻子「私は分かってる。気にするな、沙織」
沙織「とにかく、ごめん……」
麻子「しつこいぞ。謝る必要など、ない」
沙織「うん……」
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:47:34.36 ID:u37htMRu0
麻子「話を元に戻す。秋山さんの論理が正しいことは理解できる。だが……」
みほ「……」
麻子「感情は、その理性と全く違う動きをした」
沙織「……」
麻子「私は、怒るというより、悲しかった」
みほ「麻子さん、今もつらそうだよ……」
麻子「大丈夫だ、西住さん」
みほ「……」
麻子「親がいないという自分の境遇」
みほ「……」
麻子「私は親のことで、喜ぶのはもちろん、怒ったり悩んだりするのも永久に不可能だ」
華「……聞いているこちらが、つらいです……」
麻子「そして、それについて友達に、あんな言い方をされてしまった」
みほ「“あんな言い方”? 優花里さんは何て言ったの?」
麻子「秋山さんは、“親のことで悩む必要がないのは幸せだ”と言ったんだ」
みほ「え……?」
麻子「……」
沙織「……みぽりん?」
みほ「……」
華「……みほさん?」
みほ「……優花里さんは、そんなこと言ったの……?」
麻子「……」
みほ「優花里さんは本当に、そんなこと言ったの……?」
沙織「ヤバい……みぽりんが、激怒してる……」
みほ「ねぇみんな、教えて。優花里さんは本当に、そんなこと言ったの?」
華「みほさん、落ち着いて……」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:51:34.68 ID:u37htMRu0
麻子「西住さん、予断を持たないでほしい。本人に問いただすまで、この真意は分からない」
みほ「だけど……」
華「売り言葉に買い言葉で、思わず言ってしまっただけかもしれませんから」
みほ「……」
麻子「話の流れとしては、その可能性があるんだ」
みほ「……分かった。麻子さんがそう言うなら」
沙織「めっちゃビビったんだけど……こんなみぽりん、初めて見たよ」
麻子「論理は理解できる。あの言葉も、真意じゃないかもしれない」
みほ「……」
麻子「でもやはり、悲しかった。憤りを、通り越してた」
華「……」
麻子「もう、あの場にいたくなかった」
沙織「だから、早く帰っちゃったんだね……」
みほ「麻子さん」
麻子「何だ」
みほ「優花里さんを、怒ってないの? 許せないって、思ってないの?」
麻子「西住さん。どっちも、あり得ない」
みほ「……」
沙織「……」
華「……“あり得ない”? 完全否定、ですか?」
沙織「しかも今、麻子は……速攻でそう答えたよね」
麻子「ああ。あり得ない。即座に断言できる」
みほ「……」
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:55:08.72 ID:u37htMRu0
麻子「それは、こういう理由だ」
沙織「どんな?」
麻子「これも理性と感情の話になる」
みほ「……」
麻子「まず理性面。私は、何か間違ったことを言われたわけじゃない」
華「……」
麻子「間違ったことや誤解があれば、私は断固、それを否定し、正しい内容を理解させる」
みほ「その時に、怒ったりするかもしれないんだね」
麻子「そのとおりだ。でも秋山さんの論理は正しい。私には怒る理由も必要もない」
みほ「……」
麻子「次に感情面。確かに私は、悲しい気持ちにさせられた」
華「……」
麻子「言葉も出ないくらいに、凹んだ」
沙織「……」
麻子「だが、秋山さんの発言は真意じゃない可能性が、まだ残ってる」
みほ「確かめる必要があるんだね」
麻子「それは、そうしたいとも思うが、そんなことはどうでもいいという気持ちの方が強い」
沙織「どういう意味?」
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 21:59:10.33 ID:u37htMRu0
麻子「私は秋山さんを、仲間で、友達だと思ってる」
みほ「……」
麻子「西住さんの前でこんなことを話したら、大袈裟だと笑われるかもしれないが……」
みほ「何? 笑ったりしないよ、言って?」
麻子「戦車道のこと、全国大会のことだ」
みほ「うん」
麻子「私たちは勝ち上がっていったものの、その間に何度も窮地に立たされた」
華「……」
麻子「だが、その絶望的な状況を、何度も克服した」
沙織「……」
麻子「それは私にとって、“死線を越える”という表現が一番ふさわしい経験だった」
みほ「麻子さん、そんなふうに考えてたんだ……」
麻子「おかしな話だと、自分でも思う」
みほ「何が?」
麻子「私はそもそも、戦車道に大して興味があったわけじゃない」
華「麻子さんが参加してくださったのは、単位が理由でしたものね」
麻子「その動機は、一貫して変わらなかった。だが……」
沙織「やってるうちに、のめり込んじゃった?」
麻子「大会が終わり、単位取得のめどがついても、私はこうして戦車道を続けてる」
みほ「……」
麻子「これが、その答えだ」
みほ「私……麻子さんを、いつも落ち着いてるけど心の温かい人、って思ってたけど……」
華「“温かい”どころでは、なかったですね」
沙織「熱い女だよ、麻子は。クールに見えるけど」
華「神技的な操縦のモチベーションは、その熱い想いでしょう」
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 22:03:25.07 ID:u37htMRu0
みほ「麻子さん。さっき、“大袈裟だと笑われるかも”って言ってたよね」
麻子「ああ」
みほ「全然、大袈裟じゃないよ。私たちは何度も絶体絶命になったんだから」
華「冷静に考えれば、本当に崖っぷちだったのは、ほんの数回だったかもしれません。でも……」
沙織「余裕で勝てた試合なんて、なかった。何だかいつも土壇場、正念場だった気がするよね」
みほ「だけど私たちは、それを乗り越え続けた」
麻子「そうだ。“私たち”は、それを乗り越えた」
みほ「……」
麻子「決して、一人でやったんじゃない。みんなで、やったんだ」
華「……」
麻子「みんなと一緒だから、できた」
沙織「みんなと……」
みほ「優花里さんと……」
華「一緒だから、できた……」
麻子「ああ。秋山さんと私は、共に死線を乗り越えた仲間なんだ」
みほ「……」
麻子「私たちは、仲間だ。友達なんだ」
みほ「……麻子さん……」
麻子「私は確かに、少し悲しい気持ちにさせられた。でも、それが何だ?」
華「……」
麻子「別に、殴られたのでもなければ、面と向かって絶交を言い渡されたのでもない」
沙織「……」
みほ「……だから……」
麻子「……」
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 22:06:19.32 ID:u37htMRu0
みほ「だから、あの言葉の真意なんて、どうでもいい……」
華「これが、優花里さんを、怒っていない理由……」
麻子「ああ」
みほ「……」
麻子「私たちは……」
みほ「うん」
麻子「私たちは、秋山さんを取り戻さなければ、駄目だ」
華「……取り戻す……」
みほ「うん……こっち側へ、戻ってきてもらわなくちゃ」
沙織「今は別のところへ、ちょっと行っちゃってるだけだよね」
華「……」
麻子「もちろん私は、分かってる」
沙織「何を?」
麻子「いつかはこの5人も、離ればなれになってしまうことを」
みほ「うん……」
沙織「みんなだって、そんなの分かってるよ」
麻子「だが、それは……」
みほ「今じゃ、ない。そうだよね?」
麻子「ああ。断じて、今じゃない」
沙織「うん。絶対、そうだよ!」
華「……」
沙織「ガチで、そのとおりだよ! 今でいいわけないじゃん!」
華「……」
沙織「大体、私たち今、どうして4人だけで御飯食べてるの?」
華「……」
沙織「こんな理由で5人がそろわないなんて、マジあり得ないよ!」
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/15(土) 22:11:04.70 ID:u37htMRu0
みほ「……華さん?」
華「……」
沙織「……華、どうしたの?」
華「お茶、淹れますね……」
みほ「あ。私がやるよ、華さん」
華「いえ……わたくしに、やらせてください」
沙織「ね、華」
華「はい」
沙織「ちゃんと言ってくれなくちゃ、分かんないよ?」
華「……何を、でしょう」
麻子「五十鈴さん」
華「はい、麻子さん……」
麻子「何か言いたいことがあるんだろ?」
華「……」
沙織「そんなの、私たちが気付かないとでも思ってるの?」
華「……ごめんなさい。図星です……」
みほ「どうかしたの? 華さん」
華「皆さん、実は……」
麻子「何だ」
華「悪いニュースが、あります」
沙織「悪いニュース?」
華「優花里さんに会った日から、こうして集まる今日までの間に……」
みほ「うん」
華「どうやって彼女がタバコを手に入れているか、調べました」
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 19:28:28.67 ID:2JrnA4b70
6
沙織「お。華、やるね」
麻子「秋山さんのタバコ入手ルートか。どう調べたんだ?」
華「優花里さんがいる普通Ⅱ科に、わたくしの友達が何人かいます」
沙織「うん」
華「彼女たちから優花里さんについて、最近の様子を教えてもらいました」
みほ「何か分かった?」
華「ある生徒と親しく話している姿を何回か見た、と複数の友達が言っていました」
沙織「ある生徒?」
華「皆さんは、祐天寺順子という名前を聞いたことがあると思います」
麻子「……」
沙織「……こんなとこで、その子の名前が出てくるなんて」
みほ「ゆうてんじ……誰?」
麻子「西住さんは、まだ知らないか」
華「ある意味、学園の有名人です」
沙織「悪い意味で、ね」
麻子「不良ではない。だが、不良よりも厄介な存在だ」
みほ「どういうこと?」
華「不良とか、そういう半端な、チンピラみたいなものではないのです」
沙織「大洗にいる親が、組長さんなんだよね」
華「ええ。しかも東京の、もっと大きい組の幹部らしいですね」
麻子「祐天寺順子だったら、この学園艦の中でも……」
沙織「タバコを手に入れるくらい、簡単でしょ」
華「ここにも親の息がかかった大人は、間違いなく、いるでしょうから」
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 19:32:04.49 ID:2JrnA4b70
麻子「五十鈴さん、その目撃情報は確かなのか?」
華「それを信じない理由は、わたくしには特にありません」
麻子「そうか……」
華「……」
麻子「五十鈴さんの友達を疑うような言い方をして、悪かった」
華「謝らないでください。麻子さんがそう訊く気持ちは、理解できますので」
沙織「何かの間違いならいいのに、って思っちゃうよね」
みほ「ねぇ、みんながそんなこと言うのって、一体……」
麻子「西住さんは知っておいた方がいいと思うから、伝えておくが……」
みほ「うん」
麻子「本人が入学してから学園で起こったほぼ全ての不祥事へ、裏で関わってるらしい生徒だ」
沙織「あの子の顔色を窺う教師までいるよね。要するに、この学園をシメてるの」
華「表の権力を握るのは生徒会。裏の権力は、祐天寺さんですね」
麻子「西住さん。学園に幾つか、素行のよろしくないグループがあるのは知ってるな?」
みほ「うん。どんな学校にもいるよね、そういう人たち」
麻子「祐天寺順子は、そういうグループ同士をまとめてる存在らしい」
華「それらは祐天寺さんを中心、あるいは頂点として、もっと大きな集団を形成しているようです」
みほ「……そんな人が、いるんだ……」
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 19:35:06.43 ID:2JrnA4b70
華「でも、ここの不良たちがやっていることは、陸の学校に比べればかわいいものですけど」
麻子「学園艦はどこも生活指導が厳しいし、ここに関していえば一応は進学校だからな」
沙織「進学校っていっても、最近はレベル高い大学へ行った人、少ないよね」
華「進学に関しても目立った実績がない。これも恐らく、廃校にされかけた理由でしょう」
沙織「ぶっちゃけここは、不良の程度も勉強も、どっちも中途半端なんだよね」
麻子「だがそれでも、いや、だからかもしれないが、一通りの不祥事は発生してる」
沙織「飲酒、喫煙、万引き、原チャリ無免許運転、ケンカ……あと何かあったっけ?」
みほ「そういう人たちのリーダーが、その祐天寺っていう生徒……」
華「普通Ⅱ科。学年はわたくしたちや優花里さんと同じです」
麻子「本人は、すごくサッパリした性格の人間らしいけどな」
華「“竹を割ったような気性”というのは、彼女のためにあるような言葉だとか」
沙織「人当たり、っていうの? そういうのは超良いみたいだよね」
みほ「でも……」
華「何でしょう」
みほ「優花里さんがその人から、タバコをもらってるかもしれないんでしょ?」
沙織「買ってるのかもしれないけどね」
華「どちらにせよ、わたくしの友達が教えてくれた目撃情報が正しくて……」
麻子「秋山さんが祐天寺順子と親しいなら、ほぼ確実に、これが入手ルートだ」
沙織「……」
みほ「華さん」
華「はい」
みほ「“最悪のケース”……」
華「……」
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 19:38:40.01 ID:2JrnA4b70
沙織「何の話?」
みほ「華さんが、私へ最初に相談してくれた時に、言ってたの」
華「優花里さんがグレてしまった、不良になってしまったケース、ということです」
麻子「祐天寺順子の仲間になってしまったケース、か」
華「皆さんは先ほど、“取り戻す”とか“こっち側”、“別のところ”と話していました」
沙織「うん」
華「それは、喩えで、そういう言葉を使ったのでしょうけど……」
麻子「そうか……五十鈴さんには、そう聞こえなかったんだな」
沙織「だから、さっき様子がちょっと、おかしかったのか」
華「優花里さんが、祐天寺さんの仲間になってしまったら……」
沙織「それは、本当に“あっち側”で……」
みほ「“別のところ”かも、しれないんだね」
華「はい……」
麻子「秋山さんを、“取り戻す”……」
華「それが、現実になってしまった……かも、しれません」
みほ「……」
華「……」
麻子「……」
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 19:42:31.63 ID:2JrnA4b70
沙織「……でも……」
みほ「何?」
沙織「確かに、私たちはゆかりんの友達だけど……」
華「はい」
沙織「“そんな子とは絶交しろ”とか、“付き合う相手を選べ”なんて、言えないよ」
華「……」
麻子「ああ。私たちは友達だが、同時に、それ以上の存在じゃない」
みほ「ただの友達、ってことだね」
華「でも、そのかたは……祐天寺さんは、できれば……」
麻子「できれば、秋山さんと無関係であってほしい、付き合ってほしくない生徒だ」
華「……すごく、悩ましいですね……友達が、他のどんな人と友達であろうと……」
沙織「人の友達付き合いに文句言うなんて、そんなの、できないよ」
華「……」
沙織「それに、私たちがどこかで、そう言われてるかもしれないんだし」
みほ「……その可能性は、あるよ」
麻子「西住さん、そう思うか?」
みほ「うん。戦車道に対する偏見は、絶対なくならないと思うから」
華「確かに……わたくしの母が、以前、その偏見の持ち主でした」
沙織「私たちは全国大会で優勝した。でも、だからって……」
麻子「偏見を持ってた人の中で、戦車道そのものへの見方を変える人は、多くないだろう」
沙織「私たちを、こう思ってる人たちだっているかもよ?」
華「どのように、でしょう」
沙織「“戦車道なんかやってる、関わらない方がいい奴ら”って」
華「……」
みほ「うん。いても全然、不思議じゃないよ」
華「もし、わたくしたちが優花里さんへ“祐天寺さんと絶交してください”と言うなら……」
沙織「誰かが“戦車道の人たちと絶交してください”って言っても、何も文句言えないよね」
麻子「ほかの友人との付き合いを断ち切ろうとする。その意味では、どちらも同じだ」
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 19:46:35.84 ID:2JrnA4b70
華「……やはり、わたくしたちにできることは、一つしかありませんね」
みほ「うん。タバコを、やめさせること」
沙織「それしか、ないよ」
麻子「秋山さんが誰と友達でいようと、そんなものは個人の自由だ」
みほ「優花里さんが私たちと友達でいるのと、同じだから」
華「そして、わたくしたちが、優花里さんの友達であり続けるためには……」
麻子「秋山さんが、今ここからいなくなってしまう可能性。それを排除すべきだ」
みほ「その可能性を生んでるのが、タバコだね」
沙織「うん。それをやめさせる、これが私たちの最優先事項だよ」
麻子「……じゃあ、どうするか」
華「……それが、問題です」
みほ「入手ルートは、分かったけど……」
麻子「それを突破口にするか?」
沙織「そこへ手をまわすしか、ないんじゃない?」
麻子「十分に策を練る必要があるぞ。その方法を採るとすれば」
華「そもそも、彼女へ接触するという手段が、一番良いのか……」
麻子「ああ。相手は高校生にして、いわゆるホンモノだからな」
華「祐天寺さんは決して、親の威光を笠に着て威張っているのではありません」
麻子「本人にカリスマ性と実力がある。一言、何かを言っただけで学園艦中の不良が動く」
華「あの存在感、そして威圧感は、持って生まれたものでしょう」
沙織「うん。オーラがすごいよね、あの子」
華「“持って生まれた”などという言い方は、問題あるのかもしれませんけど」
麻子「だが、親も子供もそういう種類の人物なのは、事実だ」
みほ「……」
沙織「私が……」
華「何でしょう」
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 19:49:58.87 ID:2JrnA4b70
沙織「私が、祐ちゃんに話してみるよ」
麻子「……何だと?」
華「沙織さん、今、何て言いました?」
沙織「え……どっか変? 私が祐ちゃんに話してみる、って言ったんだけど」
麻子「おい沙織、“祐ちゃん”って何だ?」
華「その呼び方は、一体……」
みほ「沙織さん。それって、その祐天寺って人のこと?」
沙織「うん」
麻子「沙織。まさか、知り合いだったのか?」
沙織「顔見知り程度だけどね」
華「これは、驚きです……」
麻子「おい。そんな大事なことを、どうしてもっと早く言わないんだ?」
沙織「怒らないでよ……。だって、話すタイミングがなかった、っていうか……」
みほ「でも沙織さんは、さっきから言い方が私たちと違ったよね。その人のことを喋るときに」
華「……そうでした。“あの子”と言っていましたね」
みほ「私は、“あれ? 実は友達なの?”って思ってたよ」
麻子「いつからだ? 沙織」
沙織「入学したすぐ後くらいだったかなあ。知り合ったの」
華「きっかけは何だったのでしょう」
沙織「あの子の髪質、びっくりするくらい、私のと似てるんだよね」
麻子「そんなのを、見ただけで分かるのか?」
沙織「たまたま気が付いただけ、かもしれないけど。それで、話しかけて……」
華「では、祐天寺さんがその筋のかたと分かったのは、知り合った後でしょうか」
沙織「うん。最初会った時も、何かすごいオーラの子だなあ、とは思ったけど」
華「……」
沙織「でも、それが分かったからって、その後の態度を変えちゃうのもおかしいしね」
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 19:53:25.48 ID:2JrnA4b70
みほ「沙織さんって、やっぱりすごい……。誰とでも友達になれるんだね」
華「相手がどんなかたでも、決して物怖じしないのですね」
麻子「そして、知り合うきっかけを作るのが、絶妙だ」
沙織「だから、顔見知り程度だって。友達ってわけじゃないよ。それに……」
麻子「何だ」
沙織「こんなの、誰でもやってるんじゃない?」
みほ「こんなの、って?」
沙織「相手をほんの少しだけよく見れば、話しかける理由なんて、すぐ見付かるよ」
みほ「そんな、簡単に言われても……」
麻子「沙織は恐らくほかの人より、それを見付ける能力に長けてるんだ」
華「そして見付けたら、すぐに話しかける……」
みほ「そんなの、私だったら絶対、無理」
麻子「沙織と祐天寺順子に、共通の話題があるのか?」
沙織「別に、話すことなんてないけど……挨拶くらい。“よう沙織”“祐ちゃん元気?”とか」
華「……」
沙織「それに大体、あの子はⅡ科だから、会う機会あんまりないしね」
麻子「だが、それでも……学園随一の問題児が、知り合いとは……」
みほ「恐るべし、だね。沙織さんのコミュニケーション能力……」
華「そして、人脈……」
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 19:59:26.21 ID:2JrnA4b70
みほ「沙織さん。話す、って言っても……」
沙織「何?」
みほ「優花里さんのことを、その人へどう話すの?」
沙織「うーん……“ゆかりんに、タバコやめさせたいんだけど”とか?」
麻子「まあ、そんなところか」
沙織「私には、このくらいしか考えつかないけど……どう思う?」
華「それ以上まわりくどい言い方よりも、よろしいのでは」
みほ「そうだね。相手がサバサバしてる人だったら」
華「どのような接し方や話し方がいいのかは、面識のある沙織さんにしか分かりません」
麻子「沙織が一番良いと考える言い方が、まさに一番良いだろう」
華「では皆さん、祐天寺さんの件については……」
みほ「うん」
華「沙織さんへ、全権委任でよろしいでしょうか」
麻子「異議無し」
みほ「私も異議無し。沙織さんは自由に動いてくれたら、いいと思う」
華「どんな結果が出ようと、構わないと思います」
麻子「ああ。この役目は、沙織でなければ不可能だ」
みほ「私たちにできるのは、沙織さんへ完全に任せることだけ」
沙織「うん、分かった。やってみる」
麻子「私たちに祐天寺順子との接触ルートがあると分かったのは、一筋の光明だな」
華「みほさんという切り札以外に、もう一枚カードが増えましたね」
麻子「五十鈴さんからこの名前を聞かされた時は、絶望的ともいえる気分になったが」
華「補給路を断つ、というやり方は、あまりフェアではないかもしれませんけど」
みほ「……やっぱり実は、華さんにも抵抗ある?」
華「それは……やはり、多少は……」
沙織「……」
麻子「どうした、沙織」
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:02:39.12 ID:2JrnA4b70
沙織「自分で言い出したくせに、こう言うの、変なんだけど……」
麻子「何だ」
沙織「これってゆかりんが知らないところで、本人に関係あることを勝手にやるんだよね」
麻子「この場合は、五十鈴さんが言った“補給路を断つ”というやり方だな」
沙織「みぽりん。戦車道的に、こういうやり方はいいの?」
みほ「ていうか、最初からそんな考え方はないよ」
沙織「あ……そうなの?」
みほ「戦車道は戦争じゃないから。ほかの武道と同じだよ」
麻子「鍛錬し、互いに万全の準備をして、正々堂々と技を競う」
華「そこに“補給路を断つ”などという、戦争のような考え方が入り込む余地はありません」
沙織「でも、だとしたら……」
みほ「うん」
沙織「私たち、何しようとしてるんだろ。いいの? そんなことして」
みほ「……」
麻子「……それは、こういうことだ」
沙織「何?」
麻子「今、私たちは戦車道と、それ以外の実際の生活とを、分けて考えられてない」
沙織「……ごめん。麻子が何言ってるのか、よく分かんない」
麻子「戦車道の世界は、さっきも言ったが、互いに真正面からぶつかり合うというものだ」
沙織「うん」
麻子「だが実際の生活では、それとは全然違うやり方が行われてる」
みほ「資金源や供給源に手をまわす。それで相手に打撃を与える。そんなの当たり前だよね」
華「兵糧攻めですね。正面突破以外で、成果を上げようとする方法です」
麻子「“補給路を断つ”や“兵糧攻め”以外にも、いろいろな言葉があるぞ」
華「“経済封鎖”“糧道を断つ”“干す”“資産凍結”……」
沙織「……」
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:06:58.02 ID:2JrnA4b70
みほ「麻子さんはやっぱり鋭い。私は今、分けて考えられてなかったかも」
華「わたくしもです。戦車道ではないのだから、フェアも何もありません」
沙織「そっか。戦車道じゃないから、いいのか……」
華「でも、沙織さん」
沙織「何?」
華「だからといって、このやり方を良しとするかどうかは、別の問題では」
みほ「うん。私は、大人のずるいやり方だと思う」
沙織「……」
みほ「大人が、こういうやり方をしてる。私は昔、それを知った時にすごく嫌な気分になった」
沙織「……」
みほ「相手へ正面から向き合うのとは別に、相手のバックにいる人たちへ接触する」
麻子「そのバックにいる存在を、味方にできれば……」
華「もう、勝負はついたといっていいですね」
沙織「相手は、そのバックの言うことを、聞かなくちゃ駄目なんだもんね……」
みほ「大人は、もっとひどいやり方だって、平気でするよ」
沙織「もっと、ひどい?」
みほ「例えば、こういうことをするのが、相手へ何か言う前だったりするの」
沙織「……」
みほ「それどころか、相手に何も言わないで、こういうことだけを隠れてやったりする」
沙織「……」
みほ「でも実際はこの方法で、すごくたくさんの人が幸せになる場合もあるんだよね」
華「“ずるい”などと言っている場合じゃないことも、あります」
麻子「だからこそ大人たちは、この方法を使うんだ」
沙織「……」
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:09:31.91 ID:2JrnA4b70
華「沙織さん」
沙織「何?」
華「先ほど、祐天寺さんへの接触という役目を、引き受けていただきました」
沙織「うん」
麻子「どうする?」
沙織「どうする、って?」
麻子「本当に、それをやるか?」
沙織「……」
みほ「その役目は、私が“大人のずるいやり方”って言ったことを、する役目だよ?」
華「沙織さん自身も、“そんなことしていいの?”と話していた役目です」
麻子「抵抗があるなら、やめても構わない。誰も沙織に強制はできない」
沙織「はぁ? みんな、何言ってるの?」
華「……」
麻子「……」
沙織「特に、みぽりん」
みほ「え……」
沙織「答えは、決まってるでしょ」
みほ「………」
沙織「意地の悪い言い方しないでよ。みぽりんらしくない」
みほ「……」
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:12:15.94 ID:2JrnA4b70
沙織「私、やるよ。私が祐ちゃんへ手をまわして、ゆかりんへのタバコの供給ルートを断つ」
華「沙織さん……」
沙織「ここで私が何もしないでいてみ? 私が祐ちゃんに何も言わなかったら、ゆかりんは……」
みほ「……」
沙織「タバコ吸い続けて、それで、いつか見付かって……」
麻子「後は、前に話したとおりだな」
沙織「ねえみぽりん? 友達を一人救えるなら、安いもんだよ。そうじゃない?」
みほ「何が……?」
沙織「私がその“ずるいやり方”をして、“ずるい奴”“卑怯な奴”って思われるくらい、だよ」
みほ「沙織さん、違うの! 私は、沙織さんのことを言ってたわけじゃ……」
沙織「ストップ」
みほ「……」
沙織「みなまで言うな、西住殿」
麻子「……何だ?」
華「優花里さんと時代劇が混ざったような話し方ですね」
沙織「西住殿の思いは、よく分かっておる」
みほ「……」
沙織「わしかて、思いは同じじゃ」
みほ「……」
沙織「だが、わしらは、手段を選んではおられぬのじゃ」
麻子「沙織、普通に話していいぞ」
沙織「え、もうやめちゃう? 場を和ませようと思ったのに」
麻子「その気持ちは結構だが、和むというより、不気味だから」
みほ「沙織さん、ありがとう……分かってくれて」
沙織「いくらおバカな私でも、みぽりんの言いたい中身くらい、分かるに決まってるじゃん」
華「……どうなることかと思いました。この二人の対立なんて、完全に想定外でしたから」
沙織「まったくもう。みぽりんが、らしくない言い方するからだよう」
みほ「ごめんなさい……」
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:17:19.79 ID:2JrnA4b70
麻子「それにしても、五十鈴さん」
華「はい」
麻子「五十鈴さんはいわゆるお嬢様だが」
華「はい……と答えるのも妙ですけど」
麻子「“チンピラ”や“その筋”という言葉をボキャブラリーに持ってて、少し驚いた」
華「実家へ時折、そういうかたが来ていましたので」
沙織「ええ? 何それ?」
麻子「なるほど」
華「恥ずかしい話ですけど」
沙織「どういうこと? 華んちがそんなのと、関係あったってことじゃないよね?」
華「それは、もちろんです。関係などあるはずがありません」
麻子「失礼なことを言うな、沙織」
みほ「これから、関係を持とうとしてたんだよ」
華「はい。家が、目をつけられるらしくて」
沙織「そっか、ごめん……あんなに大きいお屋敷だから、お金を強請りに来てたのか」
華「大抵は新三郎が追い返していましたけど、あまり邪険にするのも上策とはいえません」
沙織「どういうこと?」
麻子「うまく付き合ってくのも、必要か」
華「ええ。何をされるか分かりませんから。母も少々、苦労していたようです」
沙織「すごい世界だね」
華「自分の将来なんて、まだ分かりませんけど……」
みほ「何?」
華「恐らくわたくしは五十鈴流を継いで、あの家の当主になるのだと思います」
麻子「五十鈴家では代々、家元である奥方が当主か」
華「はい。当主として家を守っていく中では、様々なことが起こるでしょう」
沙織「……」
華「綺麗事ばかりでは、済まされませんわ」
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:21:11.42 ID:2JrnA4b70
沙織「みぽりんの実家は?」
みほ「うちも、事情は似てるかな」
華「差し支えなければ、お話を聞かせてください」
みほ「うちの場合は武道だから、華さんちより、もっと状況はすごいかも」
麻子「武器や兵器を扱うからな」
みほ「うん。うちにもそういう人たちが来てたけど、多分、狙ってたのはそれだと思う」
沙織「やっぱり追い返したり、うまく付き合ったり?」
みほ「お手伝いさんの中に逞しい人がいて、その人が怒鳴りつけるの。すごい迫力だよ」
華「ですが、うまく付き合うといっても……」
麻子「戦車を触らせるわけには、いかないと思うが」
みほ「うん、絶対に駄目。そこは華さんちと違うところ。完全にシャットアウトする方針みたい」
華「甘い顔をしていると、つけ上がるでしょうから」
みほ「前に1回、こんなことがあって」
沙織「どんな?」
みほ「お母さんはそういう人たちと、一切会わないようにしてるんだけど……」
華「はい」
みほ「1回だけ、どうしても会わなくちゃ駄目、って事態になったらしいの」
麻子「恐らく、周囲を巻き込んで、しがらみを作られてしまったか」
みほ「そうだと思う。それでお母さんは、家へ上げて、お茶と和菓子を出した」
華「でも、ああいうかたがたは、何を出されても全く手をつけないんですよね」
沙織「どうして?」
麻子「何を盛られてるか分からないからだ」
沙織「あ、そっか」
みほ「だけどその人は、食べようとする振りくらいはしよう、と思ったみたいで」
華「茶碗や食べ物へ触っても、結局、口を付けなければいいのですから」
みほ「和菓子に菓子箸を刺した。そしたら、中から出てきたのは……」
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:25:38.05 ID:2JrnA4b70
沙織「何が入ってたの?」
みほ「機銃弾の、弾頭」
華「……」
沙織「……」
みほ「多分、MG34のだったんじゃないかな」
麻子「……これは、笑う話なのか、そうじゃないのか」
華「冗談が強烈過ぎて、分かりませんね」
沙織「それで、どうなった?」
みほ「その人は急にそわそわし始めて、話なんかしないで、すぐ帰っちゃった」
麻子「まあ、そうなるだろうな」
華「この場合、何をされるか分からないのは、そのかたですね」
麻子「とっとと退散しなければ屋敷の中で消される、とでも思ったんだろう」
華「そうなったら死体すら残らないかもしれない、と考えるでしょうから」
沙織「何か……すごいね、みぽりんのお母さん」
麻子「何がどうすごいのか、分からないけどな」
華「みほさんのお母様は、さすが武道の師範でいらっしゃいます」
みほ「お母さんは、“菓子に手をつけるとは思わなかった”って、笑ってた」
麻子「実弾を送りつけるのは、そういう種類の人間たちがやる常套手段だ」
華「お株を奪ったのですね」
みほ「“相手のレベルへ合わせてやったのに、話もしないで帰るとは失礼な”って言ってたよ」
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:29:53.60 ID:2JrnA4b70
沙織「大人って、いろいろ、あるんだね……」
麻子「大人になるのが嫌になったか? 沙織」
沙織「だからって、どうにもならないでしょ?」
華「少なくとも、身体の成長は止められませんから」
沙織「華がさっき言ってたとおりだよね。綺麗事ばっかりじゃ、済まされない」
みほ「私たちにはちょっと早く、それを経験する機会が来ちゃったのかもね」
華「とにかく、次回が最後のチャンスだと思います」
みほ「うん。もう、次の練習までほとんど日数がない」
沙織「今度、説得に失敗したら……」
麻子「この雰囲気のまま、練習へ突入する羽目になる」
沙織「私、そんなの絶対に嫌……耐えられない」
華「全員、気持ちは同じです」
沙織「それに、隊長車の私たちがギクシャクしてたら、他のチームに迷惑が掛かるよ」
みほ「それは、絶対、絶対に、避けなくちゃ駄目だね」
華「絶対、絶対に……」
麻子「……」
華「……“絶対に勝ちたいです”」
麻子「……“無論、負けるつもりはない”」
みほ「何、それ?」
沙織「決勝の試合中に、二人が言ったことだよ」
華「今回もわたくしたちは、絶対に勝たなくてはなりません」
麻子「そして今回も、負けるつもりはない」
華「でも、今回は……誰も敗者にならない、という戦いです」
麻子「全員が、勝者になるという戦いだ」
みほ「うん。相手を撃破すればいい、っていうことじゃないんだよね……」
沙織「全国大会の方が、楽だったかもね」
華「でもわたくしたちは、やらなければなりません」
麻子「仲間のために。友達のために」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:34:07.52 ID:2JrnA4b70
7
優花里「ついに全員、そろいましたか」
みほ「……」
優花里「ここへ呼び出されるの、もう3回目なんですが」
みほ「……」
優花里「いい加減にしてくれませんかね」
沙織「相変わらず、何言ってるのよ……」
優花里「私のことは放っといてくれ、って言ってるんです」
華「そんなこと、するはずがありません」
麻子「いい加減にしろとは、こっちのセリフだ。秋山さん」
優花里「冷泉殿。前回、私のことは理解してもらったと思ってましたが」
麻子「秋山さん。いい加減、目を覚ませ」
華「わたくしたちは、仲間です。友達なんです」
沙織「ほっとくなんて、できるわけないじゃない」
優花里「ふっ。友情の押し売りですか。暑苦しい」
みほ「……」
優花里「皆さん、今回はとうとう西住殿まで連れてきましたね」
みほ「……」
優花里「喩えるなら“ラスボス登場”ってところですか」
麻子「――五十鈴さん」
華「――はい」
麻子「――秋山さん、明らかに動揺してるな」
華「――ええ。みほさんの顔を、まっすぐ見られないようです」
沙織「――口じゃ強がってるけど、すごく落ち着かない様子だよね」
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:37:15.87 ID:2JrnA4b70
優花里「それにしても、私もこうして、御本尊を引きずり出すところまで来ましたねえ」
華「何て言い方を……」
優花里「少しは、自分を褒めてやっていいのかもしれませんね」
麻子「褒められるようなことをしてると思ってるのか?」
優花里「何言ってるんですか?」
麻子「……」
優花里「そんなの、思ってるはずがないですけど」
沙織「もう……言ってること、おかしいよ……この前と同じ、わけ分かんない」
優花里「私だって、わけ分かりませんよ?」
沙織「……」
優花里「もう、どうでもいいんです。私なんて。何もかも」
みほ「……」
沙織「――麻子」
麻子「――何だ」
沙織「――みぽりんがさっきから、ちょっと変じゃない?」
麻子「――ああ。一言も喋ってない」
華「――優花里さんの顔から、全く目を離してません」
沙織「――みぽりんは前に、ゆかりんの言ったこと聞いて、ブチギレてたよね」
華「――ええ……少々、嫌な予感がします」
優花里「西住殿……」
みほ「……」
優花里「どうして、何も言わないんですか?」
みほ「……」
優花里「怒ってるんですか? それとも……」
みほ「……」
優花里「そんなの通り越して、呆れてるんですか?」
みほ「……」
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:40:28.61 ID:2JrnA4b70
優花里「ま、そりゃ、呆れますよね。隊長として」
みほ「……」
優花里「隊員が、タバコ吸って、グレて……」
みほ「……」
優花里「ほかのみんなに、ひどいこと言ってるんですから」
みほ「……」
優花里「私をチームから外してもらって構いませんよ?」
みほ「……」
優花里「Ⅳ号から、降ろしてください」
みほ「……」
優花里「私に戦車道をやる資格なんて、ないでしょう?」
みほ「……」
優花里「何か言ってくださいよ」
みほ「……」
優花里「私を、怒ってください」
みほ「……」
優花里「どうして、何も言わないんですか?」
みほ「……」
優花里「どうして、何も……言って、くれないんですか?」
みほ「……」
優花里「何か、言ってくれたって、いいじゃないですか……!」
みほ「……」
優花里「声をかける価値も、ないんですか……私なんかには!」
みほ「……」
優花里「西住殿! 何か、何か言ってくださいよ……! 私に……!」
みほ「……」スッ
優花里「……!!」
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:43:26.88 ID:2JrnA4b70
沙織「――みぽりんが、ゆかりんに近寄った」
華「――あんなに、近づくなんて」
麻子「――これは……まずい」
華「――みほさんは、優花里さんを……」
麻子「――殴るつもりだ」
沙織「みぽりんやめて! ぶったりしちゃ駄目!」
麻子「よせ! 西住さん!」
華「暴力は、絶対に、あってはいけません!」
優花里「なっ……何ですか!? 殴る気ですか!?」
みほ「……」
優花里「な、殴るなら! 殴ればいいじゃないですか!!」
みほ「……」
優花里「殴ってくださいよ!! 早く!! 早く殴……あっ」
みほ「……」ギュッ
華「……あ……」
沙織「……ひゃー……」
華「みほさん……優花里さんを……」
沙織「だ、だき……」
麻子「抱き締めた……」
沙織「みぽりん……」
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:45:35.98 ID:2JrnA4b70
優花里「……」
みほ「……」
優花里「………………う。ううっ」
みほ「……」
優花里「……うう……ぐすっ……」
みほ「……」
沙織「……あー、ゆかりん……」
華「……泣き出して、しまいました」
麻子「……」
優花里「ぐすっ。うう。うううう」
みほ「……優花里さん」
優花里「うぐっ。ぐすっ。ううう」
みほ「もっと、泣いていいんだよ?」
優花里「う……」
みほ「私のことも、抱き返して?」
優花里「……うう。うううっ。うわあああああん」ギュッ
みほ「もっと強く、抱いて」
優花里「うわああああん。ぐすっ。うわあああああん」
みほ「痛いくらいでも、いいよ?」
優花里「うわあああん。ぐすっ。ひぐっ。うわああああああん」
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:49:37.70 ID:2JrnA4b70
沙織「あーあ……もう、号泣だよ」
華「やはり、優花里さんは……」
麻子「自棄になって、強がって……」
華「ずっと、無理をしていたのでしょう」
沙織「みぽりんに抱き締められて、その“無理”が、一気に弾けちゃったか」
麻子「もうとっくに、限界だったんだな」
華「恐らく、誰にも話さず、話せずに……」
麻子「悩みを自分の中へ、溜め込み続けていたんだろう」
華「それを、わたくしたちへ打ち明けて……ぶつけてきて、ほしかったです」
沙織「うん。グレたりなんか、しなくてもよかったよね」
麻子「荒んでいく自分を、冷静に見てたくらいだ」
華「本当は、不良の真似事なんて、どうでもよかったのでしょう」
優花里「ううっ。ぐすっ。に、西住殿、ごめ……ごめんなさい……」
みほ「……」
優花里「わ、私……ずっと、ずっと、分からなく……て……ぐすっ」
みほ「……」
優花里「ど、どうしたら、いいか……ううっ。自分が、どうしたら、いいのか……」
みほ「……」
優花里「それに、だんだん……自分が、ぐすっ。何やってるのかも、分からな……」
みほ「……」
優花里「ごめんなさい、西住殿……ぐすっ。ほ、本当に、ごめんなさい」
みほ「ほら、優花里さん?」
優花里「は……はい……ううっ。ぐすっ」
みほ「みんなにも、ちゃんと言わないと」
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:53:43.86 ID:2JrnA4b70
優花里「は、はい……ぐすっ。み、みなさん、ごめんなさい。本当に、本当に……」
沙織「……」
優花里「ほ、本当にご、ごめんなさい。わ、私、私……ぐすっ」
華「……」
優花里「わ、私、バカだから……ううっ。どうしたらいいか、ずっと、わ、分から……」
麻子「……」
沙織「いいから。ね? ゆかりん」
華「わたくしたちは、優花里さんのことを分かっていますよ?」
麻子「秋山さん、こっちへ来てほしい」
沙織「私たちもゆかりんのこと、ぎゅっとしてあげるから」
華「みほさんほど、抱き心地がよくないかもしれませんけど。わたくしたちは」
優花里「うわあああん。み、みなさ……ごめ、ごめんなさい……うわあああん」
華「ほらほら、優花里さん。しっかり抱き締めてくれないと」
優花里「うわあああん。ひ、ひどいことばかり言って、ご、ごめんなさい。うわあああん」
沙織「ゆかりんが泣いてると、私たちまで……泣きそうに、なっちゃうよ」
麻子「もう泣いてるだろ、沙織」
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 20:56:52.34 ID:2JrnA4b70
8
沙織「もう、みぽりんも華も、そんなに早く歩かないでよう」
みほ「だって、もう日が暮れちゃうよ」
沙織「こっちは、まだベソかいてる人、連れてるんだからさあ」
華「早くしないと、優花里さんをおうちへ送り届ける前に、暗くなってしまいますよ」
沙織「ゆかりんが麻子にしがみついて離れないから、ゆっくりしか歩けないんだよう」
麻子「もう泣くのをやめろ、秋山さん」
優花里「ぐすっ……はい、冷泉殿。ううっ。ごめんなさい」
麻子「秋山さん。私は怒ってないし、気にしてもいない」
優花里「はい。うう。ぐすっ……ごめんなさい冷泉殿。ごめんなさい」
麻子「だから、もう泣くのをやめてほしい」
優花里「はい……ぐすっ。ごめんなさい……」
華「……やはり、優花里さんは気にしていたのですね」
みほ「うん。元々、あんなことを言うような人じゃないもの」
華「あの言葉が本心だなんて、そんなはずがありません」
みほ「頭のよさが、ちょっとだけ変な方に、発揮されちゃったんだよね」
華「ええ。売り言葉に買い言葉で、話がエスカレートしてしまっただけですね」
みほ「自分がしたことや話したことへ何か言われると、つい、強い言葉を返す」
華「引っ込みがつかなくなって、さらに何か言われると、もっと強い言葉で応じる」
みほ「これの繰り返しだね」
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:05:36.99 ID:2JrnA4b70
華「みほさん、今回も……」
みほ「何?」
華「やっぱり今回も、みほさんが事態を解決しましたね」
みほ「ううん。今回も、みんなと一緒だからできたんだよ」
華「あの時わたくしたちは、みほさんが優花里さんを殴るとばかり、思っていました」
みほ「そんな、友達を殴るなんて……そもそも、人を殴るなんて、私にはできないよ」
華「優花里さんも、殴られると思ったようですね」
みほ「うん。だけど、そんなことしたって、状況をこじらせるだけだったと思う」
華「でもまさか、抱き締めるとは。予想外の一手で、効果はてきめんでした」
みほ「そうかな……」
華「みほさんは、皆さんの気持ちを分かっているのですね」
みほ「……」
華「隊長として。仲間として」
みほ「……」
華「そして何より、友達として」
みほ「華さん」
華「はい」
みほ「それは、違うの」
華「え?」
みほ「私は、人の気持ちなんて、分からないよ」
華「……」
みほ「だって私は、私自身でしかないから。私は、その人じゃないから」
華「……」
みほ「“気持ちは分かる”って言う人が、よく、いるけど……」
華「……それは違う、と……?」
みほ「うん。何でそんなの言えるのかな、って思う」
華「……」
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:11:44.19 ID:2JrnA4b70
みほ「それに、そんなの言う人に限って、“気持ちは分かる”だけ」
華「……どういうことでしょう」
みほ「私が、黒森峰を離れる時がそうだったの」
華「……」
みほ「ほとんどの人は、“気持ちは分かる”って言ってくれた」
華「はい」
みほ「だけど、そう言うだけで、何かをしてくれるわけじゃなかった」
華「……」
みほ「何かをしてほしいなんて、甘えちゃいけないのかもしれないけど」
華「……」
みほ「口では、何とでも言える。実際の行動は、また別の話」
華「それを、目の当たりにした……ということですか?」
みほ「もし、私と一緒に悩んでくれて、泣いてくれる人が、一人でもいたら……」
華「……」
みほ「私は、黒森峰を離れなかった……と思う」
華「“気持ちは分かる”と言うかたがた……その中に、そういうかたは一人もいなかった……」
みほ「うん。だから、人の気持ちが分かるって、言葉だけのことなんだって理解した」
華「……」
みほ「結局、黒森峰ではずっと、私の気持ちなんて、誰も考えてくれなかった」
華「……」
みほ「お姉ちゃん、お母さん……家族でさえ、そうだった」
華「でも黒森峰の隊長さん、いえ、お姉様、それからお母様とは、今……」
みほ「うん。一応、和解っていう状態なのかな」
華「……」
みほ「でも、だからって私、黒森峰には戻らないよ?」
華「それは……そんなことをされたら、わたくしたちは困ってしまいます」
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:15:06.17 ID:2JrnA4b70
みほ「私が優花里さんを説得する番になって、その方法を考える時、こう思ったの」
華「はい」
みほ「私が優花里さんの立場だったら、どう言ってほしいか、どうしてほしいか」
華「……」
みほ「私は、人の気持ちなんて分からない。分かるのは、私自身の気持ちだけ」
華「……」
みほ「だから、私自身の気持ちだけ、考えたの。私だったら、どうしてほしいか」
華「それで、抱き締める、ということに……?」
みほ「うん。私、誰かに抱き締められた経験なんて、なかった」
華「……」
みほ「多分、赤ちゃんの頃はあったんだろうね。でもそんなの、憶えてないから」
華「……」
みほ「だけどここへ転校したら、そうしてもらえたことが2回もあった」
華「……そのうちの1回は、ひょっとして、サンダース大付属の隊長さんの時でしょうか」
みほ「うん、そう。ケイさんっていったよね」
華「では、もう1回は会長……角谷先輩の時。決勝の試合の後……」
みほ「華さん、両方とも憶えてた? どっちも、みんなの前でやられちゃったからね」
華「ええ」
みほ「2回ともすごく驚いた。でも、人に抱き締めてもらえるのって……」
華「……」
みほ「体が温かくなるだけじゃなくて、何だか心も、温かくなれるんだなぁ、って思ったの」
華「……」
みほ「自分だったら、悩んで、すごく追い詰められた時……誰かに抱き締めてほしい」
華「そうすれば、心が温かくなれる……」
みほ「うん。もちろんそんなこと、何の解決にもならない。だけど……」
華「……」
みほ「うまく言えないけど、心が、優しくなれるんじゃないかって、思ったの」
華「はい」
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:17:56.49 ID:2JrnA4b70
みほ「それに、優花里さんみたいな頭のいい人を説得するなんて、私には無理」
華「……」
みほ「私が、言葉でそうするなんて、無理だと思った」
華「言葉以外の方法を採る。それが、抱き締めるという実際の行動だった……」
みほ「うん」
華「……」
みほ「華さん」
華「はい」
みほ「人の気持ちなんて分からない。……そんなこと言う私って、冷たい女だと思った?」
華「いえ……。それはみほさんの、経験に裏打ちされた考えだと思います」
みほ「……」
華「なので、わたくしには、何も言うことはありません……」
みほ「……人の気持ちなんて分からない。自分は、自分の気持ちしか分からない」
華「……」
みほ「だから、自分がその人の立場だったら、どうしてほしいか考える」
華「……」
みほ「そして、考えるだけじゃなくて、言葉だけじゃなくて、行動する」
華「それが、人の気持ちを考える、そして、考えた、ということ……」
みほ「うん。黒森峰ではずっと、誰も私の気持ちなんて考えてくれなかった」
華「……」
みほ「それなら、私は人の気持ちを考えよう、考えてあげよう、って決めたの」
華「優花里さんは……そうして、もらえたのですね」
みほ「何かを人にしてあげる、なんて……偉そうかもしれないけど」
華「いえ。優花里さんは、みほさんにそうしてもらえて、本当に良かったと思います」
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:20:48.47 ID:2JrnA4b70
沙織「……ふー、やっと追いついた」
みほ「あ、沙織さん」
華「優花里さんは泣きやみましたか?」
沙織「ううん。まだぐしぐしやってる」
優花里「ぐすっ……ううっ……ごめんなさい、冷泉殿」
麻子「もう分かったから」
優花里「うう。ぐす。ごめんなさい。ごめんなさい……」
麻子「いい加減、泣くのをやめろ」
沙織「もう、みぽりん、何とかしてよ」
華「きりがありませんね」
優花里「うう。ごめんなさい。ごめんなさい冷泉殿。ぐすっ」
麻子「……謝るくらいならあんなこと、最初から言わなければいいと思うが」
優花里「あ…………う…………」
みほ「麻子さん、それは……」
華「ちょっと、余計に……」
優花里「う……ううっ。うわああん。うわああああああああん」
みほ「あー、また号泣になっちゃった……」
優花里「うわああああん。ごめんなさい冷泉殿ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
沙織「もう、麻子!」
麻子「何だ」
沙織「ゆかりんを許してるんだったら、もっと泣かすようなこと言わないの!」
みほ「でも……」
沙織「何?」
みほ「ちょっと怒ってあげても、いいんじゃないかな」
華「そうですね。今回は少々、わたくしたちも振り回されましたので」
優花里「うわあああん。ごめんなさい冷泉殿ごめんなさいごめんなさい。うわあああん」
沙織「じゃあ、みぽりん」
みほ「何?」
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:22:58.33 ID:2JrnA4b70
沙織「この子さあ、いつまでたってもピーピー泣いてて、ちっとも静かにできないからさあ」
みほ「うん」
沙織「ちょっと、気合入れてやってくんない?」
みほ「よし分かった。任せといて」
華「あらみほさん、ノリノリですね」
麻子「沙織のヤンキー臭い口調に感化されたか」
みほ「……優花里さん!」
優花里「……!!」ビクッ
みほ「泣いてないで、話を聞いて!」
優花里「は、はい」
華「優花里さんが、一瞬で泣きやみました」
沙織「やっぱ、みぽりん効果はハンパないなあ」
みほ「優花里さん。今回のことで、どれだけ私たちを心配させたか分かってる?」
優花里「……はい……」
みほ「どれだけ、私たちが優花里さんを気にかけてたか、分かったでしょ?」
優花里「……はい……すみません、でした……」
みほ「不良の真似なんかして、あんなの、カッコいいとでも思ってたの?」
優花里「も、申し訳……」
みほ「あんなの、迷惑なだけだったんだよ?」
優花里「ごめんなさい……」
みほ「大体、不良娘ってことだったら、私に全然敵わないよ?」
優花里「……な……何のこと、なのか……」
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:25:14.90 ID:2JrnA4b70
みほ「私なんて、ただ今現在進行形で、絶賛家出中なんだから」
優花里「……」
みほ「親にパンツ洗わせてるくせに、その親のことで文句言ってる人とは、わけが違うんだよ?」
優花里「うう……」
沙織「みぽりん、良いこと言うなあ」
麻子「西住さんらしからぬ下ネタだが、心に響く喩えだ」
優花里「はい……おみそれ、しました……」
みほ「そう言ってくれるなら、優花里さん」
優花里「はい……」
みほ「今回のことでは、私の言うことを聞いてくれる?」
優花里「はい」
みほ「じゃあまず最初に! 優花里さん!」
優花里「は、はい!?」
みほ「出して」
優花里「え……?」
みほ「出して。私に渡して。人に見られないように、素早く」
優花里「あ。ああ……これの、ことですね……」ゴソ
みほ「もうこんなこと、やめてくれるよね?」
優花里「はい……」
華「みほさん、わたくしが穏便に処分します」
みほ「うん。お願い、華さん」
華「優花里さん。――ライターも。携帯灰皿も」
優花里「……お手間掛けます、五十鈴殿……」
華「わたくしからもお願いします。こんなこと、もう、やめてくれますね?」
優花里「はい……もう二度と、やりません」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:28:15.19 ID:2JrnA4b70
麻子「それにしても、すぐにやめられるんだな。秋山さん」
華「大人の中にはやめたくても、やめられない人がいるそうですね」
麻子「そういう人は病気とみなされて、専門の医者がいるくらいだ」
沙織「ゆかりんは元々、吸いたくて吸ってたんじゃ、なかったんだよねー?」
優花里「……」
華「ほんの気まぐれで、格好つけて吸っていただけ、でしょう?」
優花里「……そ、そのとおり、です……」
みほ「じゃあ、優花里さん。次のお願い」
優花里「はい」
みほ「それをくれてた人との付き合い方を、もう一回考える」
優花里「……それは……」
沙織「祐ちゃんだよね?」
優花里「……」
麻子「祐天寺順子、だろ?」
優花里「はい……。皆さん、何でもお見通しなんですね……」
華「決して、絶交してくださいとは言いません」
沙織「友達がどんな人でも、それはやっぱり大事な友達だもん」
麻子「だが、付き合い方というものがある」
優花里「それを、考え直せ、ということですね……。分かりました……」
麻子「ところで、沙織」
沙織「何?」
麻子「祐天寺順子に会ったんだろ?」
沙織「うん」
優花里「ええっ!?」
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:31:36.46 ID:2JrnA4b70
沙織「ゆかりん。私たちを見くびってもらっちゃ、困るなあ」
優花里「……」
華「わたくしたちはやると決めたら、情報収集活動、工作活動だって、厭わず実行します」
優花里「……」
麻子「祐天寺順子は何か言ってたか?」
沙織「“そうか。じゃ、秋山にそれ、あげるのをやめるか”って」
優花里「……」
沙織「“沙織や秋山は、あたしにとって数少ない普通の知り合いだ”」
優花里「……」
沙織「“その沙織からのお願いだからな”って、言ってくれたよ」
華「沙織さんのお人柄がなせるわざですね」
麻子「この役目は、沙織でなければ絶対できない」
沙織「あの子は元々、ゆかりんは自分の仲間になれるタイプじゃない、って思ってたみたい」
麻子「祐天寺順子と本気で仲間になろうとしてるのか、それとも……」
沙織「今だけ少し、グラついちゃってるだけなのか」
華「祐天寺さんは最初から、分かっていたのですね」
麻子「やはり祐天寺順子は、学園の裏を仕切ってるだけのことはあるな」
華「どんな道であろうと、人の上に立つ人は、何かを見通す力を持っていますね」
みほ「……私なんて、隊長やってるくせに、そういうのは全然駄目だなぁ」
沙織「何言ってんの。みぽりんはそんなことより、ちゃんと結果を出し続けてるじゃん」
華「ええ。今回も、優花里さんを“取り戻した”という結果を出しました」
沙織「ま、そもそも完全に“あっち側”へは、行ってなかったみたいだけどね」
華「そうでした。ちょっと拗ねて、ソッポ向いただけのようでしたね」
麻子「西住さんはそんな秋山さんを、“こっち側”にちゃんと向けさせた」
みほ「優花里さん、手間の掛かる子供みたいだったね」
優花里「……面目、ありません……」
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:34:17.97 ID:2JrnA4b70
沙織「でも祐ちゃんと、この件は話がついたけど……」
華「何かありましたか? 沙織さん」
沙織「あの子、意味の分かんないこと言ってたんだよね」
みほ「何て?」
沙織「“じゃ、その代わり今度は、秋山に……”」
優花里「……」
沙織「“冷たいものでもやってもらうか。ガハハハ”って」
みほ「“冷たいもの”?」
優花里「何ですか? それ」
麻子「この解説は、五十鈴さんにお願いしよう」
華「……意地悪をしないでください、麻子さん」
麻子「清濁併せ呑む、五十鈴家の次代当主だ。意味は知ってると思うが」
華「麻子さんも、人が悪いです……。分かりました」
沙織「どんな意味?」
華「“冷たいもの”とは――シャブ、覚醒剤のことです」
みほ「……」
優花里「……」
麻子「まあ、祐天寺順子も冗談で言ったんだろうが」
沙織「……冗談にしちゃ、キツくない?」
華「彼女が言うと冗談に聞こえませんね」
みほ「優花里さん……」
優花里「何ですか?」
みほ「勧められても、絶対、やっちゃ駄目だよ?」
優花里「やっ、やりませんよ! そんなもの! ダメ。ゼッタイ。ですよ!」
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:37:15.94 ID:2JrnA4b70
沙織「さあ? どうだかなー?」
優花里「な、何ですか武部殿」
麻子「秋山さん、自分の立場を分かってるか?」
優花里「冷泉殿まで、何を……」
華「優花里さんには“前科”がついてしまいましたからねえ」
優花里「……」
麻子「当分の間、私たちがしっかり見守ってないと、駄目だ」
優花里「うう……信用、なくなっちゃいました……」
みほ「でも、優花里さん」
優花里「はい」
みほ「私たち、ずっとそうしてたんだよ?」
優花里「……」
華「ずっと、優花里さんを見守って……気にかけていたんですよ?」
優花里「……」
沙織「私たち、ずっとゆかりんを心配してたの」
麻子「だから私たちは、秋山さんから何を言われても、何度も呼び出したんだ」
優花里「……はい」
華「優花里さんは恐らく、誰にも相談せず、一人だけで悩んでいたのでしょうけど……」
麻子「そんな必要など、なかったと思う」
優花里「……」
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:39:55.54 ID:2JrnA4b70
みほ「いつも笑顔でいるだけが、友達じゃないよ」
沙織「一緒に怒ったり泣いたりする。たまにはケンカだってする」
華「全て、友達同士なら当然です」
麻子「一緒に悩むのだって、友達がすることだ」
優花里「……皆さんへ……」
沙織「何?」
優花里「……皆さんへ、相談しても、よかったんでしょうか……こんなこと」
みほ「当たり前だよ」
沙織「どうして駄目なの?」
華「“こんなこと”かどうかは、問題ではありません」
麻子「家族の話だから、確かに、他人へ相談しにくいかもしれない」
華「それに、わたくしたちでは何も解決できず、ただ悩みを聞くしかできないでしょう」
麻子「だが、誰かへ話すだけで、気が紛れたり楽になったりすることもあるんだぞ?」
優花里「……う。ううっ。ぐすっ」
みほ「あ、また泣き出しちゃった」
優花里「みなさん……ぐすっ。あ、ありがとう、ございます……」
沙織「もう、泣き虫だなあ、ゆかりんは」
優花里「だ、だって……ううっ。ぐす。み、みなさんが……」
麻子「いい加減に泣くのをやめろ。私の肩の辺りはもうベトベトだ」
沙織「気持ち悪い?」
麻子「いや……温かい」
沙織「温かい涙、か」
華「涙は、悲しいものばかりでは、ありませんから」
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:42:21.32 ID:2JrnA4b70
みほ「じゃあ、優花里さん」
優花里「は……はい……ぐすっ」
みほ「私の言うことを聞いてほしい、最後のを言うね」
優花里「……はい」
みほ「これは、できれば、でいいんだけど……」
優花里「……」
みほ「今回のことを全部、御両親へ話す」
優花里「う……」
沙織「みぽりん、それはちょっとムズいんじゃない?」
みほ「うん。だから、できれば、でいいと思う」
優花里「……いえ……」
華「何でしょう」
優花里「話します。両親に……全部」
麻子「本当か」
優花里「はい、本気です……。今回のことを、全部」
みほ「優花里さん、無理しなくていいからね?」
優花里「大丈夫です……約束します。全部話します」
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:44:40.43 ID:2JrnA4b70
沙織「ね、さっきのことなんだけど」
麻子「何だ」
沙織「みぽりんが、ゆかりんをぎゅっとしたの、驚いたよね」
麻子「まさか、ああするとはな」
沙織「ちょっと羨ましくない?」
華「沙織さんもそう思っていましたか?」
麻子「同じことを思わない人間などいない」
沙織「ねー? ゆかりん」
優花里「何ですか?」
沙織「いいなー。ゆかりんだけ、みぽりんにぎゅっとしてもらって」
麻子「秋山さん、どうだったんだ? 西住さんに抱かれた感想は」
優花里「えっ……そ、そんなこと……言わなきゃ駄目ですか……?」
沙織「言わなきゃ駄目」
華「駄目です」
麻子「駄目だ」
優花里「……」
みほ「ねぇみんな! さっきから、何てこと喋ってるの!」
沙織「みぽりんは黙ってて」
華「みほさん。今、わたくしたちは……」
麻子「非常に重要な話をしてるんだ」
みほ「……」
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:46:55.40 ID:2JrnA4b70
沙織「で、どうだった?」
優花里「……よ、良かったです……」
沙織「ひゃー」
華「あらあら」
沙織「やだもー。羨ましー」
麻子「どんな具合だ?」
優花里「その……温かくて……柔らかいけど、芯があって」
沙織「――今の聞いた?」
麻子「――“柔らかいけど、芯がある”そうだ」
沙織「――どういうこと? 意外とムチムチってこと?」
華「――恐らく、何というかこう、優しい弾力というか」
麻子「――とにかく実際に、抱かれてみないことには分からんな」
沙織「くぅ~、私もみぽりんにぎゅっとされた~い!」
麻子「西住さんから、そうしてもらうには……」
華「その答えは、実に単純です」
沙織「単純? どんな方法?」
華「優花里さんと同じことを、すればいいのです」
沙織「あ、なるほど」
麻子「前例に学べばいいだけの話か」
沙織「答えが簡単過ぎて、気付かなかったわ」
華「成功例を、つぶさに見てきたのですから」
沙織「真似しない手はないよね」
麻子「西住さん」
みほ「何……?」
麻子「私たちもグレたら、西住さんが抱き締めてくれるか?」
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:50:34.34 ID:2JrnA4b70
みほ「ま、麻子さん! 何てこと言うの!」
沙織「グレちゃおうかなー、私も」
麻子「何から始めるか」
華「やはり今回の例に倣って、タバコでしょう」
沙織「ね、ゆかりん。吸い方教えて?」
華「わたくしからもお願いします」
優花里「……さっきと言ってることが、同じなのに違いますけど」
麻子「酒という手もあるぞ」
沙織「それも楽しそうだよね。いつものお食事会を、飲み会にしよっか」
華「沙織さんなら、お酒のおつまみをレパートリーに加えることなど容易でしょう」
沙織「お酒飲む人だって、胃袋からゲットしちゃうよー?」
麻子「だが酒とタバコ、どちらも入手が困難だ」
華「それらを手に入れるには……」
沙織「大丈夫。私が祐ちゃんに頼んでみる」
華「沙織さん……頼もし過ぎますわ」
沙織「あの子だったら、お酒も全然オッケーだよ」
麻子「沙織の人脈は万能だな」
華「素晴らしいの一言ですね」
みほ「ちょっと! 何言ってるの! みんな!」
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:54:19.37 ID:2JrnA4b70
沙織「だって、不公平だもん。いい思いしたの、ゆかりんだけだもん」
みほ「……」
沙織「私たちも、みぽりんにぎゅっとされたいもん」
みほ「だって、あれは……事情が特別でしょ?」
麻子「私たちも、同じⅣ号の搭乗員だが」
華「車長は、装填手だけ特別扱いですか?」
沙織「えこひいきだー」
麻子「ひいきだー」
みほ「やめてよ、もう……困らせないでよぉ」
華「では、こういうのはどうでしょう」
沙織「何?」
華「グレるのが駄目なら、逆に、褒めてもらえるようなことをするのです」
沙織「褒めてもらえること、って?」
華「そうですね……例えば……」
麻子「例えば、練習で活躍するとか」
沙織「あ、それがいいじゃん」
麻子「チームの中で、活躍して……」
華「その日、一番頑張った人を……」
優花里「西住殿が褒めて、抱き締めてくれる、と……?」
華「これなら、全員に機会が与えられて公平ですね」
優花里「練習の大きな励みになります!」
沙織「よし! 決まりー!」
みほ「決まり、って……みんなだけでそんなの、勝手に決めないでよぉ」
沙織「いーじゃん、堅いこと言わないの!」
華「わたくしたちも、たまには車長から御褒美が欲しいです」
優花里「そのために、頑張れます!」
麻子「それに第一、減るもんじゃなし」
みほ「納得いかないなぁ……」
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 21:56:59.93 ID:2JrnA4b70
沙織「ほら、みんなでバカ言ってる間に、ゆかりんちへ着いたよ」
麻子「秋山理髪店」
華「久しぶりですね。ここへ来るのは」
沙織「ゆかりん」
優花里「はい」
麻子「私たちは、ここで失礼する」
優花里「はい」
華「御両親には、わたくしたちから何か言わなくても……」
優花里「はい」
みほ「ここから先は、一人で大丈夫だよね?」
優花里「もちろんであります!」
沙織「うん、いつもの明るい爽やかなゆかりんが戻ってきた」
優花里「皆さん。わざわざ送っていただいて、ありがとうございました!」
麻子「礼には及ばない」
優花里「それでは、これで」ガチャ
みほ「ほら、元気に、大きな声で」
優花里「はい! ただいまです!!」
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 22:01:17.57 ID:2JrnA4b70
9
みほ「……以上が車長からの、今日の練習についての講評です」
一同「ありがとうございました」
みほ「チームのみんなから、何かありますか?」
一同「……」
みほ「何もなければ、チームのミーティングの最後に……」
一同「……」
みほ「優花里さんが、みんなへ言いたいことがあるそうです」
優花里「戦車道とは関係ない、私事なんですが」
みほ「特別に認めたのは、練習前に言ったとおり。いいから優花里さん、前へ来て」
優花里「はい。……皆さん、今回は大変申し訳ありませんでした」
一同「……」
優花里「そして、私のような者をあんなに心配してくださって、ありがとうございました」
一同「……」
みほ「優花里さんは、あの日以降のことを、みんなへ報告したいそうです」
華「あの日、御両親はびっくりされたでしょうね」
優花里「はい。自分たちの娘が、涙でグシャグシャになって帰ってきたんですから」
一同「……」
優花里「皆さんが送ってきてくださったのは、気が付いてたみたいでした」
沙織「あれだけ騒いでれば、聞こえちゃうよね」
麻子「騒いでたのは主に沙織だが」
優花里「自分たちの子供が、泣きはらした顔で、友達みんなに送ってもらって帰宅した」
一同「……」
優花里「そんな状況を見て、何か異常な事態が起こってると、すぐ分かったようです」
一同「……」
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 22:04:53.75 ID:2JrnA4b70
優花里「私は、今回のことを全部、話しました」
沙織「ほんとに、話したんだ……」
優花里「はい。全部」
一同「……」
優花里「両親は、かなりショックを受けてました」
麻子「無理もない」
優花里「だけど、父も母も、全然怒りませんでした」
一同「……」
優花里「娘は深く反省してると、理解してもらえたみたいです」
華「やはり、素敵なお父様とお母様です」
優花里「でも……」
一同「……」
優花里「私が、両親の信頼を裏切ったことは確かです」
一同「……」
優花里「それは、これから元どおりの生活を着実に続けて、回復するしかないと思ってます」
みほ「うん、そうだね。優花里さん」
優花里「あと、父と母は、呆れるほど急速に仲直りしました」
一同「……」
優花里「今ではいい年して、バカップルみたいにベタベタしてます」
沙織「……まるで、自分の家族のことみたいに、嬉しいよ」
麻子「ああ。本当にそう思う」
優花里「床屋の経営も、広告の方法やサービス内容を見直すとか、前向きに考えていくそうです」
華「御両親のことも、おうちの御商売のことも、今回がきっかけになったでしょうか」
沙織「間違いないね」
麻子「雨降って地固まる、だ」
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 22:09:31.20 ID:2JrnA4b70
みほ「……以上ですか?」
優花里「はい。ミーティング中のお時間を頂いて、ありがとうございました」
みほ「一件落着、だね。優花里さん」
優花里「はい! 皆さん、本っ当にすみませんでした!」
みほ「じゃあ、チームのミーティングを終わります」
一同「お疲れ様でした」
みほ「続いて全体ミーティングを行いますから、格納庫前へ移動してください」
沙織「え? みぽりん?」
華「まだ終わってませんけど」
麻子「話が違うぞ」
優花里「まさか、忘れてるのでは」
みほ「え? 何かあった?」
沙織「とぼけちゃって」
華「なかったことにしようとしても、そうはいきません」
麻子「で、記念すべき初回は、誰なんだ?」
優花里「誰が一番、活躍しましたか?」
みほ「もう、まだ言ってるの? そんなの、決められないよぉ……」
沙織「やっぱ、憶えてるじゃん」
華「わたくしたちは、互いに競い合いつつ、戦車道に精進する」
麻子「その結果、各人の練度が上がる」
優花里「最後に、西住殿から褒めて、抱き締めてもらえる」
沙織「良いことづくめのシステムじゃない?」
みほ「……みんな、活躍しました。これで、もういいでしょ?」
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 22:11:48.90 ID:2JrnA4b70
沙織「ぎゅっとしてくれるって、約束だったよね……?」
華「今日はそのためだけに、頑張りました……」
麻子「西住さん……私だと言ってほしい」
優花里「あの感触が忘れられません……!」
みほ「みんな、怖いよ……じわじわ近寄ってこないでよぉ……」
華「どうして、決めてくれないのですか……?」
麻子「実は……意外と、優柔不断なのか?」
優花里「期待してたのに……」
みほ「ね、もう諦めて。みんなを比べるなんて、そんなの不可能なんだから」
沙織「それなら、今日は……」
みほ「何?」
沙織「全員でみぽりんを、ぎゅっとしちゃえ!」
みほ「えぇ!?」
華「あら、いいですね」
麻子「賛成」
優花里「了解であります!」
みほ「……じょ、冗談だよね……?」
沙織「みんな、行くよー? せーの……」
一同「わー!!」
みほ「きゃあ! みんなやめてぇ!! 苦しいくるしい」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 22:14:21.99 ID:2JrnA4b70
おりょう「……隊長車のみんなは一体、何しゆうぜよ?」
左衛門佐「奇態だな」
澤「あー、あれはですね……」
カエサル「知ってるのか?」
澤「はい。先輩たちから聞きました」
エルヴィン「何をやってるんだ? アレは」
澤「その日、チームの中で一番頑張った人を、隊長が抱き締めてくれるらしいんです」
宇津木「え、ほんと? 隊長にぎゅっとしてもらえるの? いいなー」
阪口「いいなー」
山郷「“抱かれたい女”No.1だもんねー、隊長」
宇津木「ねー」
大野「隊長って、超可愛いのに、超カッコいいよねー」
阪口「ねー」
丸山「……」
左衛門佐「だが、今のアレは、隊長を皆でいたぶってるようにしか見えないが」
磯辺「早く、全体ミーティングを始めてもらわないと」
澤「今日はその後、車長会議もありますからね」
近藤「キャプテン、私たちもやります?」
磯辺「何をだ?」
佐々木「その日のMVPを、キャプテンがぎゅっと、してくれるんです」
近藤「ちょっと嬉しいかも、ですよ?」
磯辺「勘弁してくれ。お前たちにそんなことをしたら、私は窒息してしまう」
澤「……プフッ」
カエサル「くくく……」
磯辺「あ、笑うなよ。私の身長とこいつらの胸だと、どうしてもそうなるだろ?」
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/16(日) 22:17:18.43 ID:2JrnA4b70
河西「キャプテン……」
磯辺「何だ?」
河西「それって何気に、私へひどいこと言ってませんか……?」
山郷「まあまあ」
阪口「どうどう」
河西「あ。な、何よ? みんな、ひっつかないでよ!」
山郷「まあまあ河西さん。同じ学年のよしみで」
阪口「胸のことなんて、気にしなくていいから」
宇津木「みんなで前から、河西さんってカッコいいよねー、って言ってたんだよねー」
大野「ねー」
丸山「……」
河西「ちょ、ちょっと、丸山さんまでどこ触ってるの!?……ひゃあ!」
エルヴィン「……まあ、それにしても……」
澤「何ですか?」
エルヴィン「激闘の連続だった全国大会も、終わった」
カエサル「廃校騒ぎは去ったが、優勝の余韻もまた、去ったな」
左衛門佐「最近やっと、一段落着いた」
澤「はい」
磯辺「日常っていうか、そういうのが……」
澤「戻って、きましたよね」
カエサル「全て世は、ことも無し」
おりょう「学園艦は、今日も平和ぜよ」
終
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/16(日) 22:20:37.32 ID:JVpiN4C4o
乙
良かったよ
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/16(日) 22:23:39.22 ID:fhP8gGBOo
乙
やさぐれENDじゃなくてよかった
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/16(日) 22:34:40.07 ID:mIRHvmCfo
乙でした
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/17(月) 00:15:10.75 ID:5YFfjADDo
乙!
久々のガルパンSSだったけど、こういうのもなんか良いな。

Entry ⇒ 2013.06.23 | Category ⇒ ガールズ&パンツァー SS | Comments (7) | Trackbacks (0) |
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